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  02 ,2019

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「大英博物館、シップスミス、昔の仲間との再会」

 グレンモーレンジのアルタのお披露目イベントから戻って寝たのが、火曜の深夜1時過ぎ! その日起きたのが時差ぼけで2時だったから24時間近く起きていたことになる。

 さすが疲れていたが水曜朝は久しぶりに大英博物館に行って、1時間ほど見学! やはりロゼッタストーン、ギリシア館、そしてアッシリアのコーナーはすごい。時間がなかったがショップでルイス島のチェスのマグネット、ネクタイを思わず買ってしまう。アビンジャラク蒸留所の近くで見つかったバイキングのチェスだ。

 その後1時にチズウィックのシップスミスに行き取材。戻って今度は昔いたジャパンジャーナルのオフィスへ。20年ぶりに昔の仲間と再会! 私がジャーニーの編集をやっていたのは87年から92年までだから、かれこれ30年になる。

 久しぶりに昔話に花が咲き、その後さらに昔の釣り仲間のK君らとソーホーの中華街で
食事。ロンドンの夜を堪能した。

 金曜日に戻ったら再びガロア、そしてコンペである。

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* ウイスキー文化研究所公式HP
* ウイスキー文化研究所公式twitter

 

「久しぶりのロンドン」

 月曜日、ロンドン時間夜七時ころにホテルについて、ちょっと昔のロンドン時代の友人と電話で話す。

 火曜はその友人が紹介してくれた日本の若い青年がアテンドしてくれて、ランベス地区にあるビーフイータージンへ。こんなところで世界的に有名なジンがつくらているのか驚いたが、じっくりと見学、取材ができた。ビーフイーターは19世紀にジェームズ-バローが創業した蒸留所だが、驚いたことに当時のスチルが残っていて、しかも現役だ。

 他にも興味深いものを見せてもらって、2時間はあっという間。その後さらに10種くらいのテイスティングもさせてもらって、実に面白かった。

 テイスティングではコンペの参考になったものも多い。数種類のジンの比較テイスティングのやり方だ。 ジン界のレジェンド、デズモンドさんにもお会いできて、おもわず記念写真。

 その後シティのパブでスコティッシュのランチを食べて一度ホテルに戻り休憩、

 6時に車で会場となるヤードに行き、半からグレンモーレンジのプライベートエディション第10弾、アルタのお披露目イベントに参加。多くのジャーナリスト、マーケティング関係者が集まっていたが日本からは私一人。

 アルタとイベントの様子は次号のガロアで報告したいと思っている。


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* ウイスキー文化研究所公式HP
* ウイスキー文化研究所公式twitter

 

「シップスミス、萌木の村、そして新潟…」

 長浜、彦根、明石からもどって再びガロア、秩父、大阪フェス、清里フェス、そしてコンペのことで忙殺されている。まだ1月だというのに、すでに日にちの感覚がマヒしてしまっている。

 コンペについては嬉しいことに出品数が500を超え、600に近づこうという勢いだ。一度フライトを組んではいるが、すべてが確定(2月上旬)したら、もう一度フライトを見直そうと思っている。並行して審査員の組み合わせ、確認作業を行っているが、これも来週くらいには確定できそうだ。私が28日の月曜日から1週間ロンドンに行ってしまって不在となるため、やることがエベレストのように高く積み上がっている。

 コンペのことでは、審査当日のサポートスタッフの募集も始まった。さらに当日に向けてコンペ自体の意義、なぜコンペをやることになったのか等々、私や実行委員、出品者、審査員へのインタビューも始まり、それをホームページ、SNSなどへのアップも開始している。第1回は私へのインタビューだが、インタビューし、それを記事にまとめてくれているのは、実行委員でもあり、私の30年来の友人でもある、元『日経トレンディ』『日経おとなのOFF』編集長の能勢さんだ。久しぶりに、プロ中のプロの仕事を見る思いである。

 コンペは多くの人のサポート、熱い想いがつまっている。それらの人々、仲間の想いに応えるためにも頑張らないといけない。と思いつつ、日々、それ以外にもやることが山のようにあって、コンペだけに集中できないのがツライ…。

 昨日は午前中ガロアの原稿を書き、午後2時前にウイ文研。さらに4時すぎに日本橋のマンダリンホテルに行き、ロンドンジンのシップスミス、そしてサントリーの「ロク」の座談会。ガロアの今回の特集用で、シップスミスのサムさん、フェアファックスさん、ジェレットさんと、「ロク」の鳥井さん、そして私の5人だ。

同時にサントリーのカクテルアワードでグランプリに輝いたバーテンダーの澁谷さんが、この日のために3種類のスペシャルカクテルをつくってくれた。1つはシップスミスのロンドンドライジン、もう1つは同VJOP、そして最後がロクのカクテルである。

 それが終わって6時から、今度は同ホテルの37階のレストランの“秘密のセラー(なんと36階だ!)”で、萌木の村の舩木社長、輿水さん、そして元文科大臣の林芳正さんらと会食。舩木さんの快気祝いを兼ねたもので、もちろん6月の「清里フェス in 萌木の村」のためでもある。

 結局、夜11時すぎにもどり、今日は昼すぎにウイ文研。2時からこんどは新潟に新しく計画されているクラフト蒸留所の件で、新潟から来社した3人とコンサルのミーティング。スチル等、各社からの見積もりも出揃ったので、具体的にどこに何を発注するのか、そもそもどういうウイスキーを造りたいのか、どんなジンにしたいのか、改めてヒアリングを行う。具体的なことが決まれば本契約ということになるが、そうなれば新潟に行くことも増えることになる。ウイ文研のコンサル業も、今以上にビジネスのひとつとして推進してゆくことになるだろうと思っている。

 こんどの土・日、原稿を書いたら、いよいよ月曜から久しぶりのロンドン。今回はグレンモーレンジィのローンチイベントの取材がメインだが、シップスミス、ビーフィーターズの取材も同時にしてこようと思っている。1988年から4年間いたジャパンジャーナルにも25年ぶりに顔を出すつもりだ。ロンドンの街におり立つのは実に20年ぶりのことである。


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* ウイスキー文化研究所公式HP
* ウイスキー文化研究所公式twitter

 

「ぶらり旅で長浜、彦根、そして明石…」

 先週の金曜は『フラッシュ』の電話取材を受けたあと、2時半から萌木の村の清里フェスのミーティング。萌木からM君、N君の2名が来てセミナーのことや、今後のスケジュール、プロモートのことなどについて2時間ほど話し合う。

 土曜は朝イチの新幹線で米原まで行き、そこからローカル線で長浜へ。2年ぶりとなる長濱蒸溜所の取材で、次号のガロア巻頭特集と、ぶらり旅の2本立てだ。前回来た時には2基しかなかったスチルが、現在は3基に増えている。すでにニューポットなども販売しているが、先日NAGAHAMAを反対から読んだ「AMAHAGAN(アマハガン)」というウイスキーを出したばかり。

 併設のレストランで近江牛のローストビーフ、フィッシュ&チップス、鮒ずしなどをいただきながら、社長の清井さんから話を聞く。その後一度ホテルにチェックインし、4時に長浜の黒壁広場に近い「翼果楼」へ。北国街道に面した古くからの店で、名物の焼鯖そうめん、焼鯖ずしをいただく。汁物のそうめんを想像していたが、これがまったく違って、実に美味!ぶらり旅で麺を食べて感動したのは岐阜の時の鮎ラーメンと、この焼鯖そうめんくらいかもしれない。それほど旨かった。

 この日はもう1軒、バー「セカンドブーズ」に行き、ここでも春菊ピザや自家製ピクルスなどをいただく。長浜はとにかく豊臣秀吉(羽柴秀吉)が長浜城を築いたところで、ここでのちの石田三成、佐吉少年と出会っている。いわゆる “三献茶”の場所で、駅前には2人の銅像も立っていた。秀吉といえば、その馬印はひょうたん。なんと北国街道沿いにひょうたん専門店があり、おもわず1つ買ってしまった。

 昨日(20日)の日曜は早朝の列車で近江八幡に行き、そこからタクシーで堀切港へ。10時15分のフェリー(渡船)で沖島へ渡る。沖島は日本で唯一、淡水湖にある人が住む島で、なんとしても見ておきたかったからだ。あいにくの雨だったが、もどりの船の時間まで1時間ほどを島内散策…。なんとも静かな、そして不思議な島である。まるで藤原新也さんの写真の世界のようだ。

 結局1時すぎに堀切からバスで近江八幡にもどり、再び列車で彦根へ。まずは駅前の近江ちゃんぽんのお店へ。なぜ彦根でちゃんぽんなのかは「ガロア」を見てのお楽しみである。腹が一杯になったところで雨の中を歩いて彦根城へ。無事(?)ひこにゃんともご対面。国宝・彦根城の天守閣にものぼり、庭園も見学したのちホテルにチェックインし、夜は本家の「ブーズバー」、そしてサンルートホテルの1階にあるバー「シスル」へ。カクテル、ハイボール、ウイスキーを堪能し、シスルでは名物のチキンカツサンド、さらに近江牛のボロネーゼもいただく。これが、また美味。

 今日は再び朝の電車で京都・大阪をとおり兵庫県の明石に向かう。途中、神戸で乗り継ぎ、朝霧駅についたのが11時すぎ。明石酒類の米澤社長がわざわざ車で迎えにきてくれていて、そのまま明石の海峡蒸溜所へ向かう。今回の「ガロア」の特集の目玉の1つで、ようやく明石酒類の取材が叶った。

 実は話は昨年5月、グレンアラヒー蒸留所に行った時に、そこにいたリチャードさんからも聞いていたが、明石の海峡蒸溜所はいわばイギリスの会社が一部出資した、日本初の酒造である。造っているのは「明石鯛」という日本酒とリキュール(梅酒)、そしてウイスキーで、もっぱら輸出専門。そのため公開もしてこなかったし、一般にもほとんど知られていない。

 現在はウイスキー用スチルは1基のみだが、今年中にもう1基フォーサイスから入り、本格的にウイスキー生産にのりだすという。詳細はガロアで発表したいが、今回は無理を言って取材させてもらった。もう1基のスチルが届いた段階で、改めて本格的な取材をさせてもらう予定で、今から楽しみだ。今回ガロアでは、ほんの一部だが本邦初公開したいと思っている。


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「コンペの件、秩父、そして大阪フェスのボトル…」

 『ウイスキーガロア』の原稿書きが始まっているが、なかなか進まない。コンペのこと、検定のこと、コンサルの件、秩父ウイスキー祭り、大阪フェス、アイラツアー、ツアー後の取材、レクチャラー、ロンドン行き等、やることが一杯でガロアの原稿に集中できない苦しい日が続いている。それに輪をかけて歯医者、眼医者通いだ。どちらも横浜にあるため、その移動も含めると半日がつぶれてしまう…。

 と、嘆いていてもしょうがないので、連日ミーティング、ミーティング。連休明けの火曜日から毎日3~4件の打ち合わせを行っている。今日も午後からコンペのことで、PR会社と打ち合わせ。結局、審査員の組み合わせ、フライトの作成、当日の配膳スタッフの募集等でスポンサー探しができなかったため、表彰式とパーティーはやり方を変えて行わざるを得なくなっている。資金が集まらないのでしょうがない部分はあるが、ここはウイ文研らしく質実剛健(?)にやるしかないのかもしれない。賞の発表と表彰式、パーティーは5月下旬から6月上旬を予定しているので、まずは3月11・12日の審査会に今は全力を注ぐことになる。

 このところ連日、ジャッジ、フライトの組み合わせ、そして搬入されるエントリーボトルの仕分け、撮影におわれているが、いよいよ当日の進行、スタッフ配置、人材募集の件にミーティングを集中させている。2日間で集まるジャッジは180名。3つのセッションに分かれていて、中には2日間出れる人もいるから、のべにして総勢220名ほど。それに実行委員会、ウイ文研スタッフ、外部スタッフ、マスコミ取材を入れるとトータル400名近くになる。

 各セッションのテーブルは8~12テーブル。フライト数にして90~100フライト、総テイスティングボトルは450~500本近くになる。必要なテイスティンググラスは合計3000個。13日(日)のテイスター座談会の時にも話題になったが、各セッション70~80名近いジャッジが1000個近いグラスでブラインドテイスティングする様は、想像しただけで壮観でワクワクする。自前で動画撮影班も入れ、前編、後編30分くらいのドキュメント動画を作ろうと思っている。このコンペが、今後5年、10年と続くことを考えれば、貴重な時代の証言者になると思っているからだ。

 まあ、考えてみれば、それをわずか10人足らずのウイ文研のスタッフだけで(うちコンペ専属は2名のみ)やろうというのだから、無茶苦茶な話だが、いつも結果としてこうなってしまうのだから仕方がない。テレビCMではないが、「人間が想像できることは、いつか実現する…」。要はイマジネーション、未来のイベントをシュミレーションする個々の想像力・創造力だろう。

 と、ギリギリまで脳ミソを搾っていると疲れるので、合間に秩父の100mlボトル4種(今回は花シリーズだ)と、ちょっと早いが大阪フェスの私のセミナーのボトル5種を決めてしまう。100mlボトルはスコッチのブレンデッドモルトと、アメリカン、そしてラグビーワールドカップにちなんで、出場国でウイスキーを造っている国すべてのウイスキーをブレンドした、題してユナイテッドネーションズだ。さらに、このところ毎回恒例のジンは『秩父原人』と題して、日本、スコットランド、アイルランドのジンをミックスした。

 大阪フェスのボトル5種は、すべて私のオリジナル、プロデュースボトルで、うち3本はそれぞれ世界に1本ずつしかない。2本は私の還暦の時に詰めてもらったもので、ブルックラディのボトルは、マッキューワンさんが足して60年になるように、つくってくれたものだ。右端のコニャックは私がカミュに行った時に、私のオリジナルレシピで作ったスペシャルのXOだ。サライの山崎はオーナーズカスクで、『サライ』に頼まれて私が1樽選んだもの。読者プレゼント用で、私の手元に残った、これが最後の1本である。


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