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  08 ,2019

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「TWSCセミナーとWE集中セミナー」
 このところ猛暑なのと、やることが多すぎて、ガロアの原稿に集中できないのがツライ。まだまだ取材も終わっていなく、連日そのミーティングも続いている。ミーティングの数は1日多いときで5~6件もあるだろうか。

 その資料ファイルが、やはり山のようになっていて、いざガロアの原稿を書こうと思うと、肝心の取材データが見つからなく、原稿が頓挫してしまうことも、しばしばだ…。

 昨日の土曜日も午前中、TWSCのジンのセミナーの準備をして、12時過ぎに会場となる飯田橋のレインボービルへ。1時から「オール・アバウト・ジン」の2回目、スコティッシュジン編を講義する。テイスティングアイテムは、トンプソンズ・ハイランド・オーガニック・ジン、オークニーのカーキュヴァーが2種、そしてハリスジン、ボタニスト、ヘンドリックスの6種類だ。

 スコティッシュジンについては、スコティッシュジン協会があり、そこが分かりやすいHPを設けている。毎週のようにチェックしているが、今日の時点でそのブランド数が165くらいになっている。もちろん、すべてがスコットランドで造られているわけではないが、それにしてもスゴイ数である。イギリス全体でいったら、1000銘柄にすでに達しているのかもしれない。

 スコティッシュジンは、当たり前のことだが、どれも“ロンドンジン”なんて謳っていない。カテゴリーはロンドンジンだが(ヘンドリックスを除いて)、あえてロンドンジンとは言わないのだ。中でも、やはり面白いのが、ドーノッホ蒸留所が造るトンプソンズのオーガニックジン。フィルとサイモンのトンプソン兄弟が造るこだわりのジンで、ウイスキーもジンもオーガニックにこだわっている。ボタニカル、そしてベーススピリッツ、すべてオーガニック認証を取るのは大変なことだと思うのだが、彼らならやりかねない。

 ということで2時間でセミナーを終え、そのまま飯田橋から東京駅に行き、4時台の新幹線で大阪へ。今日は朝8時半にCIVI新大阪研修センターに行き、ウイスキーエキスパートの集中対策講座。スコッチ、アイリッシュ、アメリカン、カナディアン、ジャパニーズについては私がやり(9:30~15:00まで)、最後のモルトウイスキー、グレーンウイスキーの製造だけを、マスター・オブ・ウイスキーの石原さんにやってもらった。

 さすがに1日中喋り続ける体力が、もうないせいもあるが、同時にウイスキーコニサー制度を一般社団法人とし、将来的にマスターたちが中心となって、いろんなことを決めていけるようにするためでもある。ジャパニーズの定義、JWA、そして、その次に取り組む予定なのが、ウイスキーコニサーの組織をコニサー協会にすることだと思っている。

 結局、無事5時にセミナーは終了し、そのまま再び歩いて新大阪駅に行き、新幹線で東京にもどることに。途中、福島沖の地震で10分ほど停まったが、なんとか無事9時前に恵比寿に帰り着く。車内ではグーグルマップでラダックの地図を検索していたが、これが実に面白い。しばしの現実逃避である。


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* ウイスキー文化研究所公式HP
* ウイスキー文化研究所公式twitter

 

「TWSC2020、初の実行委員会ミーティング」
 今日で7月も終わりである。月日の経つのは本当に早い。特にこの2ヵ月は、あっという間で、何をしていたのか、ヘタをすると覚えていないくらいだ。

 月曜日に来年のコンペのパンフレットができてきて、その発送作業を開始した。審査員や、出品関係、マスコミ等、ようやくTWSC2020の公式のスタートだ。ということもあり、昨日30日の火曜日には、第1回実行委員会を開くことに。

 今回の実行委員会は私も含めて16名だが、輿水さん、梅内さん、白根さん、平田さんを除く12名が参加した。そのための資料を山のように用意したが、1つはTWSCの作業部会の1つとして「ジャパニーズウイスキーの定義を考える会」を発足させ、その趣意書を作り実行委員に見てもらった。いよいよJWA(日本ウイスキー協会)設立に向けて、本格的に取り組まないといけない。

 もう1つ、TWSCの中に「焼酎部会」を設け、焼酎の審査をすることも決定した。詳細はまだ発表できないが、TWSC2020年のウイスキー、スピリッツ部門の審査が行われる来年3月9日から11日までの2日間を使って、本格焼酎の審査も行うことにした。そのための準備も待ったなしだ。ある意味、すべてはオリンピックのためかもしれない…。

 さらに実行委員会で話し合われたのは、9月に行う輿水さんの古希のパーティーの件だ。これは発起人として、TWSCの実行委員会全員が名を連ねるもので、会はウイ文研とTWSCで行いたいと思っている。そのための準備も進めてきたが、その発送先リストもほぼでき、100名近くにこれから発送することになる。

 ジャパニーズウイスキーの定義、JWA、焼酎コンペ、古希のパーティーと4つの新しい案件が始動したことで、ますます忙しくなっているが、これは仕方がない。どれもこれも、まさに今しかできないことだからだ。

 もちろん、それらと並行して『ウイスキーガロア』、TWSCセミナー、ウイスキーエキスパート集中対策、長和フェス、東京フェス、倉敷、ウイビアメッセ、ブラッシュアップセミナー、ウイスキーレクチャラー、ウイスキー検定の問題作りなど、日々やることは満載だ。

 それだけでも手一杯なのだが、もう1つ、『チベットの原風景(仮題)』という、私家版の本を出したいと考えていて、そちらのほうも佳境に入ってきている。40年以上前の旅だが(最初は1975年なので、もうじき45年!!)、原稿の校正を始めてみると、まるで昨日のことのように記憶が蘇る。

 この前、当時私が書いたラダック語のマメ会話集を読み返していて、ラダック語が少しずつ取りもどせてきていると感じた。来年ラダックに行ったら、2~3日でかなりのところまで思い出せるかもしれない。「カムザン・スキョ!」、元気で行ってらっしゃい、お達者でというラダック語の響きが、今でも頭の中に残っている。

 最後にレーを発つ1981年4月に、下宿先のアマレー(お母さん)と交わした言葉で、その時は、また来年戻ってくるからと軽い気持ちで「アマレー、カムザン!」と言って別れた。あれから38年が経ってしまった。アマレーは当時68歳だったから、今はもう…。ヘタをすると、私があの時のアマレーの年齢に近づいている。

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一番右がアマレーだ。



* ウイスキー文化研究所公式HP
* ウイスキー文化研究所公式twitter

 

「WEの集中セミナーが始まる…」
 やることが多すぎて、四苦八苦しているが、先週金曜日にはカバラン蒸留所の件で、日経BPの取材を受ける。やはり、今カバランは注目の的のようだ。その後はガロアの校正、ミーティングが続き、夜7時からはスタッフ3人の送別会と、1人の歓迎会を恵比寿のイタリアンレストランで行う。

 結局、代表世話人のSさん、Nさんとその後3人でエピローグに行き11時まで飲んでしまう。土曜は、やや二日酔い気味だったが、ガロアの原稿がたまっていたので、その執筆、さらに「ジャパニーズウイスキーの定義を考える会」の趣意書を書き、ウイスキーエキスパートの集中セミナーの準備。

 私の今回の担当はスコッチとアメリカン、カナディアン、アイリッシュ、ジャパニーズで、9時半から午後3時まで、途中、昼休憩1時間をはさんで、ほぼ5時間近く喋り続ける。テキストについては上巻の製造編は改訂版を出せたが、下巻の5大ウイスキーについては4年経っても、まだ改訂版が出せていない。現在、その制作中だが、あまりにこの4年間の変化が激しく、まとめるのに四苦八苦、いや八苦十六苦している…。なんとか、年内には出版したいと思っているのだが。

 そんななか、今年の長和、東京フェスに間に合わせるため、私の自費出版本、『チベットの原風景』も、現在制作中だ。これは私がチベット通いをしていた当時の原稿を集めたものだが、一番古いものは40年以上も前に書いた原稿で、今読み返すと若さを感じさせる文章だ。来年か再来年には、ほぼ40年ぶりにラダック・ザンスカールにも戻ろうと思っている。そのためにも、一冊にまとめておきたいと思ったからだ。

 で、今日は朝8時半に大崎の会場に行ってWEの集中セミナー。3時からのモルトウイスキー、グレーンウイスキーの製造については、今回もマスター・オブ・ウイスキーのSさんに担当してもらった。来週の大阪セミナーでは同じくMWのIさんに製造の講義を担当してもらおうと思っている。

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* ウイスキー文化研究所公式HP
* ウイスキー文化研究所公式twitter

 

「TWSCと東京フェスのセミナーについて…」
 22日の月曜日に札幌から帰ってきて、TWSCのパンフレットの入稿、次号ガロアの原稿書き、新しいスタッフの面接と、怒涛のスケジュールだった。その間に全体ミーティングも含め、連日3~4つのミーティングも続いている。

 TWSCの2回目については審査員への依頼状も第3弾まで出し終わり(計270名ほど)、来週中には出品案内のほうも発送予定だ。実行委員会の初会合は来週、30日の火曜日に予定しているが、今回は私も含めて総勢16名になっている。全員が集まるのは難しいので、それぞれテーマ別に2~3の作業部会を設けようと思っている。

 その1つが「ジャパニーズウイスキーの定義を考える会」だが、その趣意書の製作も進行中だ。さらに、これは2回目でやるかどうか、この1ヵ月近く思案に明け暮れていたことだが、来年のTWSCと同じ日、同じ会場で(時間は違うが)、焼酎のコンペを行うことを検討している。その方法論が見つからなかったが、ようやく試案がまとまった。これも30日の実行委員会に議題としてかけたいと思っている。そうなれば、その作業部会も必要だ。

 コニサーのほうは、2004年に始まって以来の改革に取り組んでいる。それはオンライン上で受験の申し込みができるというもので、その受付も始まっている。集中対策講座は、今度の日曜日、28日の東京会場からスタートする。

 それが終われば8月3日の土曜日がTWSC定期セミナーで、私がスコティッシュジンについて、そして林さんがテキーラの2回目を行う。私はジンの講義が終わったら、そのまま大阪に新幹線で移動し、翌4日の日曜日は、大阪でのエキスパート対策講座だ。

 さらに8月終わりから9月にかけては京都のウイビアメッセ、PBO、そして倉敷のウイスキーフォーラムのセミナーと続く。もちろん、その後は長和のウイスキー&ビアキャンプ、10月の琵琶湖ウイスキークルーズと目白押しだ。

 そうこうしているうちに、ウイ文研の最大イベントである「ウイスキーフェスティバル2019in東京」が、11月16日、17日の2日間開催される。その出展案内は出したが、次号のガロアまでに、フェスの目玉であるセミナー12コマも決めないといけない。もうすでに3~4コマは決まっているが、今私たちが最も聞きたいこと、美味しくて珍しいボトルが飲める、ウイ文研ならではのセミナーを選りすぐって用意したいと思っている。

 私も1コマ担当するが、そこでは私がシングルモルトをやるきっかけになった、ボウモア12年のダンピーボトルも開ける予定だ。さらに私のシングルカスクコレクションのロングモーン、そしてGMのグレングラント1954など、ウルトラ目玉のボトルばかりだ。

 というのも、飲める時に飲んでおきたい。どうせならフェスに参加してくれる、コアなウイスキーファンとともに飲みたいと思っているからだ。30年前に、ひょんなことで入り込んでしまったウイスキーの世界…。ボウモア、アイラ島との出会いがなかったら、まったく別の人生になっていたかもしれないのだ。

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* ウイスキー文化研究所公式HP
* ウイスキー文化研究所公式twitter

 

「札幌セミナーとジンギスカン、ラーメン…」
 ガロアの発送が終わって1週間後の先週、『ぶらり旅』のところで、重大なミスに気付いた。なんと1行がダブって、1行が抜けているのだ。これでは全体の文意が通じない。読み飛ばしてしまえば分からないかもしれないが、編集者としては、あってはいけないミスである。

 頭が真っ青になったが、すぐに正しく刷り直すことを決断した。8ページ丸ごとを、デザイナー、印刷所と協議し、最善の形で刷り直すことにしたのだ。と同時にHPにお詫び文を掲載するとともに、在庫として抱えているガロアについては、手作業で1行の文を付け加える作業も開始した。編集・発行人として、本当に申し訳ないと思っている。

 さらに先週の金曜日はスタッフ3人の最終日で、6時に無事に送り出し。“会者定離”とはよく言ったもので、人生に別離はつきものである。会うは別れの始め…ともいう。いつかはみな卒業していくことになるのだろう。最後は、スタッフ全員で気持ちよく送り出すことにした。そういえば昔、井伏鱒二が唐の詩人・于武陵の有名な別離の詩を、「サヨナラだけが人生さ」と訳したことがある。

 そんなこんなで、バタバタの1週間だったが、昨日の土曜は恵比寿の仕事場で、TWSCのパンフレットの原稿、そしてガロアの原稿、その校正をやり、今日は10時半のフライトで羽田から札幌へ。博多のバー「オスカー」のN氏と空港で待ち合わせをして、バスで札幌すすきのの「ロングバー」へ。

 2時からのセミナーだったが、フライトが遅れたのと、交通のせいで会場に着いたのは2時2分!! 皆さんは待ってくれていたので、着いてすぐにバーカウンター内に入って、PBO主催のセミナーがスタート。

 今回のテーマは日本初のTWSCのことで、そもそも、何故そんなコンペを開くことになったのか、どうやって審査員を決め、どうやってコンペを運営したのかなど、1時間ちょい、裏話も含めて語らせてもらった。

 私自身、コンペのことをここまで話すのは初めてだったが、話してみると、時間がいくらあっても足りないという気がした。しかし、コンペ受賞ボトル7種も用意していたので、1時間すぎからテイスティング。なぜ、これらのボトルが賞を取ったのかについても、テイスティングしながら話をした。

 その後、私の思い出のウイスキーカクテルということで、2種類のバノックバーンをNさんが作ってくれ、それを全員で試飲。そのバノックバーンのいわれや、なぜ私の思い出なのかも話をする。セミナーと懇談会は5時すぎに終了し、一度ホテルチにチェックインしたあと、NさんはじめPBOのバーテンダーたちと、ジンギスカンを食べながら打ち上げ。

 さらに調子に乗って、〆のラーメンを食べにディープなラーメン屋に行き、久しぶりに旨い札幌ラーメンと餃子を堪能。しかし、あまりに満腹になり過ぎて、そのままホテルにもどり、バーには結局行けずじまいとなってしまった。ジンギスカンと札幌ラーメン、恐るべしである。

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