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  09 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「仙台宮城峡でカフェスチルを取材」

 昨日は次号(5月31日発売号)の『Whisky World』のミーティング。そして2時から、そのワールドのハイボール座談会をウイスキースクールで行う。ハイボールといっても缶ハイボールについてで、ワールドのテイスターの谷嶋氏、吉村氏、白井氏の3名に集まってもらい、14~15種類の缶ハイをテイスティングしながら、2時間近く話し合う。

 缶ウイスキー、缶ハイボールについては7~8年前に一度ワールドでやったことがあるが、そのときは全員が酔っ払ってしまって、最後のほうはほとんど覚えていないという、”伝説の座談会”となった。

 今回はその教訓(?)と反省をいかし、プラカップで少量ずつテイスティングしたが、それでも最終的に20種類近くを飲むことになり(比較のためにウイスキー以外の缶ハイも飲んだため)、普段以上に酔いが回ってしまった。そのためか2時間という時間はあっという間で、その後、再びワールドの入稿作業、そしてウイスキー検定合格者特典である『Whisky Life』第4号の最終入稿。今回の表紙はロイヤルロッホナガーのウイスキーキャットだ。

 さらに大阪フェス、9月の琵琶湖クルーズのミーティングと続いたが、翌朝早いこともあり、8時すぎに事務所を後にする。

 今日は6時前に起き、8時20分発の新幹線で仙台へ。仙山線に乗り換え11時前にニッカの宮城峡蒸溜所。東京を出るときは蒸し暑く汗だくだったが、さすがに宮城峡は涼しく、しかも小雨が降っている。仙山線の車窓から見える川沿いの風景と新緑がきれいで、ところどころに山桜や藤の花が咲いている。

 車内アナウンスで仙山線の途中駅が山寺と知り、急に懐かしくなった。山形県の山寺は松尾芭蕉が「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」という俳句を詠んだ寺で、週刊誌の記者をやっている時に、山形の取材の帰りに寄ったことがある。山形の取材自体はたしか事件の取材だったと思うが、時間が余ったので1時間ほど寄ったのだ。もう30年以上も前の話だが・・・。

 すっかり忘れていた記憶が蘇ったのは、ラムの取材で滋賀県の大津に行ったからだろうか。そこで偶然にも芭蕉の「古池や 蛙飛びこむ 水の音」という句に出会ったからかもしれない。実は大学の時に1年間、ゼミで芭蕉の『奥の細道』をやっていたのだ。

 と、全然関係ないことを書いたが、宮城峡を訪れたのはやはりワールドの取材で、今回はチーフブレンダーの佐久間さんから、ニッカがこだわっているカフェスチルと、カフェグレーン、カフェモルト、そしてそのグレーンを使ったブレンデッドのスーパーニッカ、フロム・ザ・バレル、ザ・ニッカ12年について聞くためだった。

 今まで私も知らなかった非常に興味深い話を聞くことができたが、それは今月未発売のワールドを見てのお楽しみである。それにしても1999年に関西の西宮工場から宮城峡に移設された2セットのこのカフェスチルは、95年の阪神大震災、2011年の東日本大震災の2度の震災を経験するという、希有な体験をしている。

 1962年と66年にスコットランドのグラスゴーで製造されたこのスチルは、竹鶴政孝がこだわった旧タイプの連続式スチルだ。1919年の6月に、今はなきボーネス蒸溜所で3週間だけ実習をした、竹鶴にとっては思い入れの深い旧タイプのコフィースチルである。

 今回、西宮からの移設に直接携わったという早川さんにも話を聞くことができたが、まさに早川さんらが手塩にかけて育ててきた、いとしい蒸留機なのだ。そういう意味では年代物のクラシックカーのようなものかもしれないと、ふと思った。

 ウイスキーには、この手のロマンは不可欠で、次回はぜひ、そのことにもスポットを当ててみたいと思っている。


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