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  06 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「アイラ・ジュラツアーから無事生還!?」

 不安だらけのアイラ・ジュラツアーだったが、なんとか無事に今日昼前に成田にもどってきた。蒸留所の見学ツアーやバスの長時間移動がツライと思っていたが、やっぱり飛行機の片道12時間がもっともツライ・・・。

 健康体でも飛行機は年々ツラクなっているのだから、まして椎間板ヘルニア、坐骨神経痛の身には拷問のようにツライことがよく分かった。しかも行きは12時間半のフライトの後にヒースローで乗り換えグラスゴー、そしてさらにアーガイル地方のインバレアリーまでバスで1時間半近く走った。

 帰りもアイラ島からフェリーに乗り、そしてエジンバラまで4時間半近く走った翌日に、エジンバラ~ヒースロー、そして成田への12時間のフライトである。昨年12月にこのツアーを企画したが、その時は腰痛などなかったから、こんな強行スケジュールを組んでしまったのだ。つくづくそんな自分が恨めしい・・・。こればかりは、人をせめるわけにはいかないからだ。

 それでも、なんとか無事にもどってきた。ツアーはインバレアリーに1泊し、その翌日朝のフェリーでケンナクレイグからアイラ島のポートエレン港へ。予定ではポートアスケイグ着だったが、フェリーを運航するカルマックが急遽予定を変更し、ポートエレンと告げてきたのだ。どうもポートエレン港の工事の着工が遅れているらしい。

 その日(4月26日)はボウモア、ラフロイグと2つの蒸留所を見学し、ボウモアの街の4ヶ所のホテル、ゲストハウスに6時すぎにチェックイン。急遽ジミーが通訳で参加することになったため、宿泊先が4ヶ所となってしまった。今アイラのツアーの一番のネックがホテルの確保だろう。今回はクリスティーンのおかげで宿を確保できたが、そうでなければこれだけの大人数のツアーは至難のワザである。

 そのクリスティーンとも再会し、夜は7時半からロッホサイドホテルでディナー。総勢29人の大所帯で、もちろんホテルは我々グループの貸し切り状態。ディナーはアイラオイスターやサーモン、メインにはアイラロブスターと、海の幸満載で、久しぶりに美味しいシーフードを堪能した。特にロブスターは大きく、絶品である。

 27日はラガヴーリンとアードベッグの2ヶ所。アードベッグの後、少し時間があったのでダニヴェイグ城まで全員で歩いて行く。天気もよく、ダニヴェイグ城から見るラガヴーリンは最高にフォトジェニックだ。沖合すぐのところにテクサ島、そして遠くに北アイルランドも見える。

 28日は朝イチでカリラ。驚いたことに前日の夜から嵐で、朝食の時には雪が降っている。1989年の最初の訪問以来アイラには40回近く来ているが、こんな光景は初めてだ。私だけ4日通しで宿が取れなかったのでパッキングをして、ホテルからゲストハウスに雪の中を歩いて移動。

 カリラでは懐かしいネコのスシに再会。スシはクリスティーンのお母さん、リリーさんが飼っていたネコで、リリーさんが100歳で亡くなった後(2015年)、カリラのウイスキーキャットになっているのだ。そのことをクリスティーンから聞かされてはいたが、本当に再会できると思っていなかった。

 スシを初めて見たのは2009年にリリーさんの家を訪ねたとき。その時リリーさんは2匹のネコを飼っていて、1匹がスシで、もう1匹がノリだった。もちろん日本の寿司と海苔から付けられている。黒いほうをノリだと勝手に思っていたが、カリラにいたネコは黒ネコで、こちらの方がスシだという。90を過ぎて眼のよく見えなかったリリーさんが、間違って付けたのだろうか。

 いずれにしろ飼い主のリリーさんが逝って、スシはお隣のカリラに移ったようなのだ。スシ、ノリと2匹のネコを飼いはじめたのはクリスティーンが日本に来たことがきっかけだった。今から15年くらい前の話だから、スシも15歳を超える。人間で言ったらすっかり老婆だ。

 アイラ海峡をはさんで対岸にジュラのパップス山の雪景色(!)を見ながら、しばしスシと触れ合った。2009年の時は動きも活発で、じっとしていなかったが、今は私の横でじっとしている。毛並みはそれほど変わっていないが、筋肉が落ちているのが触っていて分かった。スシも歳を取ったのだ・・・。

 その日はカリラの後、ブナハーブン、ブルイックラディを見学し、6時すぎにボウモアにもどる。アイラ最終日の29日は午前中キルホーマンに行き、昼すぎのフェリーでジュラ島へ。例によってジュラのスクールバスに迎えに来てもらい、1時にジュラ蒸留所へ。

 ジュラで30年近く働いていたマネージャーのウィリーさんは3月にリタイアしたとのことで、今回は新しいマネージャーが案内してくれた。昨日の雪がウソのように晴れわたり、蒸留所に行く道の途中で、何度も鹿を見ることもできた。やはりジュラは鹿の島である。

 帰りはポートアスケイグ港にもどるフェリーが故障というハプニングもあったが、どうにか無事アイラにもどり、夜はハーバーインで再び全員でディナー。翌4月30日(土)にアイラを後にして、エジンバラまで一気にもどった。

 改めて今回のツアーでは多くの新しいことを知ることができた。ドラマチックな雪景色も堪能することができたし、何より28名という大所帯が無事ツアーを終えたことが、一番嬉しい。行く前は不安だらけで、正直眠れぬ日もあったが、すべてに感謝である。

 今回のツアーの成果、詳細については『Whisky World』や通信、そして6月に大阪と東京でやるコニサーのブラッシュアップセミナーで、語っていこうと思っている。痛みと闘う日々はまだまだ続くが、今回のツアーのことを思えば、それも乗りこえることができるだろう・・・。


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