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  05 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「ホームズが飲んだウイスキーソーダとは…」

 忙しくて、このブログを新年明けてなかなか更新することができなかった。3日に仕事場にもどってきて、ずっと『Whisky World』の原稿と、テイスティングなどに明け暮れた。

 ワールドのテイスティング9種に、同じくグレングラント3種のテイスティング。暮れから年明けに届いた『Whisky Life』の発送も、ほぼ終了。昨日は雑誌『ケトル』の取材を受ける。

 次号のテーマがシャーロック・ホームズということで、物語上に登場するホームズのウイスキーソーダを飲むシーンについて知りたいということで、ホームズが飲んでいたウイスキーソーダとはどういうものだったのかを、私なりに推理してみた。

 もちろんホームズはコナン・ドイルが作った架空の人物だが、モデルがいたと言われている。ドイルが勉強したエジンバラの大学の医学部の教師だったということだが、だとすれば、ホームズが飲んでいたのは、スコッチという線が一番濃厚だ。ウイスキーソーダを飲むシーンが出てくるのは、『赤髪組合』という作品で、ワトソンがベーカー街221番Bのホームズを尋ねると、朝から飲んでいたというのだ。

 この作品の時代設定は1890年頃。ということだと、ちょうどスコッチのブレンデッドがロンドン市場を席捲しはじめていた時期。1860年代に誕生したスコッチのブレンデッドは、フィロキセラによるブランデー不足の影響で、またたく間にロンドン市場を席捲した。それまでロンドン紳士が飲んでいたのはブランデーソーダだったが、それに変わるものとして人気を博したのだ。

 1880年代以降に相ついでスコッチのブレンド会社がロンドンに進出したのも大きい。ジェームズ・ブキヤナンやジョン・ウォーカー社。なによりも大きかったのが、デュワーズのトーマス・デュワーだ。

 1885年、弱冠21歳という若さでロンドンに進出したトーマスは、88年のロンドン大博覧会で、キルト姿のバグパイパーを登場させ、ロンドンっ子の度肝を抜いた。デュワーズは一躍ロンドンで大人気となり、その後の同社の躍進を不動のものとした。

 当時新聞や雑誌でも大々的に報道されたこの大博覧会のことをドイルが知らないはずがない。おそらくドイルもデュワーズを飲んだのだろう。だとすれば、ホームズが飲んでいたウイスキーソーダは、デュワーズの可能性が高い…。そんなことを1時間ほど話をする。

 今日は再び午前中、ワールドの原稿(グレングラント)を書き、昼にスコ文研。新年始まって、ミーティングも連日続いている。それらを2時に切り上げ、3時に銀座(新橋)の「スコッチクラブ一葉」へ。ワールドのタイアップで、グレングラントについて、私と一葉のマスター、柳倉さんが語るというもの。

 取材は1時間半ほどで終了し、そのままタクシーでスコ文研へ。明日から1泊2日で人間ドックに入るため、いろいろな事務仕事やスタッフへの連絡事項をこなす。はたして人間ドックはどうなることやら…。


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