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  04 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「西麻布・長野屋のオリジナルウイスキー」

 今日は連休明け。このところ、いろんな人の訃報が相次いでいる。自分の身の回りだけでなく、有名人の死も相次いでいて、なんだか他人事とは思えない。なかでも自分と同世代の人の死にはドキっとさせられる。

 相撲の北の湖理事長の死もそうだ。まさに私と同学年。“花の28(ニッパチ)組”と言われて、角界では北の湖、先代の若ノ花(若三杉)、そして同じ佐渡出身の大錦などがそうだった。享年62である。私の出身校、佐渡高校の同学年、同級生は320名近くいるが、すでに1割近い30名が鬼籍の人となっている。

 まあ、そんなことを考えてもしょうがないので、昼すぎにスコ文研。東京フェスの荷造りで事務所もスクールもごった返しているが、『ウイスキー通信』の入稿作業、編集作業をやらなければならないので、その校正作業。その後4時に阪急旅行社の担当者が来て、来年のアイラ・ジュラツアーのミーティング。

 もう日時はフィックスしてあったが、ホテルやルート、フェリーなどを再確認。フライトも行きは羽田発のBA便がとれたので、グラスゴーに着いて、インヴァレアリーまで走ることが可能になった。これだとケンナクレイグ発の朝イチのフェリーに乗ることができ、その日のうちにアイラの蒸留所を2ヶ所くらいを回ることができる。

 それらの細部をつめ、5時すぎにミーティングは終了。その後、東京フェス前日の28日の土曜日に行われる西麻布「長野屋」のテイスティングイベントのために、オリジナル100mlボトルをつくったが、そのラベルができたので、それを貼って撮影。タイトルは「Uraga Bay」、浦賀湾だ。スコットランド風に言うならば、ロッホ・ウラガだ。

 これは1853年7月のペリー来航にちなんだもので、翌54年3月の日米和親条約(神奈川条約)を記念して(?)、ジャパニーズとアメリカンをブレンドしている。ただしバーボンだけでなくライも加えている。というのは1854年の日米和親条約の際に、アメリカンウイスキー1樽が将軍・家定に献上されたと記録にあるからだ。

 ペリーの乗ったミシシッピー号がアメリカ東海岸、ノーフォークの軍港を出港したのは1852年の11月。当時バーボンウイスキーはまったく知られておらず、この時のウイスキーはノーフォークに近いペンシルベニアのミクターズだった可能性が高い。

 もちろん、当時のミクターズは、今でいうライウイスキーに近いものだった。ということで、バーボンだけでなくライウイスキーも加えることにしたのだ。ラベルもいろんな案があったが、最終的にモノクロのラベルにした。これのほうが、いかにも黒船っっぽい。

 ま、フェスとは関係ないが、興味のある人はぜひ西麻布の「長野屋」へ。


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