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  05 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「アイラ行とアードベッグ200周年ディナー」

 22日に羽田発の飛行機で、ロンドン経由グラスゴー入り。着いたのは夜の8時過ぎ。荷物をピックアップして歩いてホリデーインにチェックイン。日本を発ってすでに20時間近くが経っていた。

 金曜は朝4時に起き、5時半にホテルで朝食。再び荷物を引っぱって空港に行き、アイラ行きのフライビーにチェックイン。セキュリティーを通ってゲートのところに行ったら偶然、ジュラのマネージャー、ウィリー・コックランさんと遭遇。グラスゴーの病院に検査に来ていて、これから帰るところだという。会うのは4年ぶりくらいになるだろうか。もうじき67歳になるというが、元気そうだ。

 フライトは8時半にグラスゴーを発って9時15分にアイラ着。すぐにクリスティーンと再会し、彼女の車で一日アイラを回ることに。まずはボウモアに行き、アポまで少し時間があったので、ケルティックショップの2階でコーヒーを。10時にボウモアに行って、元所長のエディーさんの案内で、さっそく蒸留所を見て回る。ボウモアは3年ぶりだが、ほとんど変わっていない。フロアモルティングからウェアハウスまで一通り見て、ウェアハウスでバーボンバレルの14年物のボウモアとシェリーパンチョンの23年物のボウモアを飲ませてもらう。

 その後、クリスティーンの車では行けないということで、エディーさんが車でガートブレックに連れて行ってくれることに。今回の旅の目的のひとつがガートブレックを見ることだったが、ほとんど何も進展していない。逆に農家の建物は取り壊されてしまい、今は普通の民家が1軒ポツンと建っているだけ・・・。エディーさんやクリスティーンによると、いくつかの理由で建設プランにストップがかかっているという。

 驚いたのは、海のすぐそばで、インダール湾からの波や風をさえぎるものが何もない。ガートブレックに至る道もひどい状態で4WDでもないと行けないほど。ましてや資材運搬の大型車は入ることができない。さらに仕込水となる水源が近くにはないと、エディーさんは言うのだ。蒸留所を建てる前に道の整備と、仕込水確保がまず必要になる。そういう意味では前途は多難そうだ。

 結局、写真を数枚撮っただけでボウモアに引き返し、ハーバーインでランチ。再びクリスティーンの車で次のラフロイグのアポまで時間があったのでブルイックラディに行き、ポートシャーロットのヴァリンチチボトルを1本購入。外は嵐の様相で、とにかく天気が悪い。一度アイラハウスに寄り、それから2時半にラフロイグ。

 蒸留所を案内してくれたのはスーザンさんで、ひと通り見たあと、新しくできたテイスティングルームで、ラフロイグ15年と21年、そして25年、32年をテイスティングさせてもらう。15年と21年は200周年記念ボトルで、ボトリングは今回限り。25年は通常商品で、32年もリミテッドだ。どれも素晴らしいが、中でも15年と32年は秀逸と感じた。15年はいわば今回限りのリバイバルだが、以前のものより美味しく感じる。チャールズ皇太子のお気に入りで、それもあって今回リバイバルを決めたのだという。

 ラフロイグでのスケジュールを終え、ようやくアイラホテルにチェックインしたのは5時近くになっていた。夜は近所にできたレストランのテイクアウェイで済ませ、8時すぎに寝てしまう。

 今朝は案の定3時に眼が覚め、そのまま眠ることができず。外は一晩中雨風でひどい天気のまま。朝食後、それでも嵐の合間をぬって、クリスティーンからすすめられた遊歩道を歩くことに。ポートエレンからアードベッグまで車道の脇に立派なフットパスができていて、そこを歩くことができると聞いていたからだ。

 道はポートエレンのはずれから始まっていて、クリスティーンが言う通り、非常に快適な道だ。さすがに誰一人歩くものはいなく、私ひとりきりだが、爽快な気分になる。雨だけが心配だったが、途中ラガヴーリンではダニヴェイグ城に寄り道し、アードベッグに着いたのはホテルを出て1時45分後の11時半頃。まっすぐ歩けば1時間ちょいほどの距離である。ラガヴーリンのところで若干道が途切れているが、あとは快適そのものである。アードベッグの手前で雨が降り、全身ずぶ濡れになりながら、とりあえずアードベッグに駆け込む。

 夕方ディナーで来ることになっていたが、ランチを食べようと思って寄ったらジャッキーさんがいて、すぐにコーヒーとベーコンバーガーを用意してくれた。とにかく暖をとり、再び雨の中を歩いてもどろうとしたら、ジャッキーさんがタクシーをアレンジしてくれ、それでポートエレンにもどることができた。なんとも、心遣いがありがたい。

 一度ホテルで仮眠をとり、再び6時半にタクシーでアードベッグへ。7時からの200周年記念のスペシャルディナーに参加。マネージャーのマイケル(ミッキー)・ヘッズさん、奥さんのマーガレットさんなど懐かしい人も多く、全世界12カ国から集まったというアードベッグコミッティーの60人ほどのメンバーと共にスペシャルディナーをいただく。

 3コースのディナーにはそれぞれスペシャルのアードベッグが用意され、さらに参加者がそれぞれ自慢のアードベッグを持ち寄るといった趣向で、いったいどれだけのアードベッグが供されたのか誰にも分からない・・・。私が飲んだアードベッグだけでも10数種類になっていた。中には1974やプロヴェナンス、昔のアードベッグ10年、17年もあり、とんでもないボトルが揃っていた。

 ディナーは11時近くまで続き、最後は外で(!)、スペシャルのアードベッグ1815、40年物でトーストしてお開きとなった。後でマイケルさんに聞いたら、この1815は1974~1975年蒸留の40年物のアードベッグで、一本3000ポンドするのだとか。見上げれば中天に13日の月が輝き、ライトアップされた蒸留所が美しく映えている。

 結局、タクシーでポートエレンにもどり、床に就いたのは日付けが変わった12時半すぎだった。


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