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  11 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「博多のウイスキートーク」

 昨日は朝イチから『101レジェンダリー』の初稿の校正作業をやり、羽田発2時のフライトで福岡へ。フライトは30分ほど遅れたが、そのまま博多のホテル・ニューオータニにチェックインし、6時半の会食まで再びホテルの部屋で『101・・・』の校正。

 6時半にホテルから歩いてすぐの鮨料亭に行き、Aさん夫妻、肥土さん、山岡さんらとウイスキートーク前夜祭(?)の飲み会。ダッサイの大吟醸2・8など、めったにお目にかかれない美味しい日本酒と、博多の海の幸づくしを堪能。その後中洲のバーヒグチに移動し、ここでもマッカラン1952や1954(これは私の生まれ年だ)、ザ・ニッカ40年などをいただいてしまう。いつも思うことだが、博多おそるべし・・・である。

 結局、しこたま飲んでホテルにもどったのが11時半すぎ。そのまま着衣のままベッドで寝てしまった。

 今朝は、少々酒が残っていたが、そうも言ってられず、朝風呂をつかって7時半に和定食。それから10時まで再び校正をして、10時すぎにホテルの眼の前にあるウイスキートーク福岡の会場へ。すでにスコ文研ブースの準備も始まっていたので一緒に準備をし、11時から全体ミーティング、そしてパネルディスカッションのミーティングと続く。

 12時に会場はオープンになり、私は1時50分から「ウイスキートーク福岡を斬る!」という、変なタイトル(?)のセミナーを担当。過去にクラブバッカスが出してきた6種類のボトルを選び、それをテイスティングしながら、私なりの分析を加えるというもの。これほど一度に、ウイスキートーク・オリジナルボトルを飲んだことはなかったが、内訳はイチローズ2本、本坊マルスが2本、スコッチが2本と面白かった。

 ということでセミナーは時間を少しオーバーして3時すぎに終わり、再びブースへ。5時からセミナー講師全員で、ステージ上のパネルディスカッション。テーマはウイスキーと食のマリアージュだったが、イマイチ議論は噛み合わず。この手のパネルディスカッションのテーマ選びの難しさを感じてしまった。

 それが終わると、イベントの終了で、ブースの片付けをして、7時前に会場を後にして空港へ。予約していたフライトが8時50分だったため、1時間半近く時間があったが、待っている間に、ウェイティングの椅子のところで眠ってしまった。モーレツに疲れがたまっているのだ・・・。

 飛行機の中でも爆睡し、恵比寿の仕事場にもどったのは11時半すぎになってしまった。行きの飛行機(というより羽田に向かうモノレールの中)で、初めて飛行機に乗って海外へ行った時のことを思い出していた。

 初フライトも羽田からで、ちょうど40年前の1975年6月21日、エジプト航空の飛行機でインドのムンバイ(当時はボンベイだ)に向かった。もっとも安かったのが、エジプト航空のチケットで、香港、バンコック経由でインドに入った。その時の旅は3ヶ月間のインド放浪で、その旅でチベット(西チベット、ラダック・ザンスカール)と運命的な出会いをし、回り回って、現在の自分につながっている。

 その後の40年間の人生は、まさにその旅から始まっているといっても過言ではないのだ。40年前のあの日、同じモノレールに乗って過ぎゆく東京のビル街と、羽田の海を眺めていたのを思い出した。当時、成田はまだオープンしていなかった・・・。


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