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  07 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「ジャパニーズ級のセミナーと世界遺産」

 朝イチから検定の問題の校正をして、10時にスコ文研。10時半からジャパニーズ級の対策講座。テキストにそって2時間半ほど講義をし、その後昼食休憩。

 再び2時から、こんどはジャパニーズウイスキーの特別テイスティングセミナー。これは3回シリーズの最終回で、途中シェリーツアーや私の体調不良のせいもあり、スケジュールを1ヶ月ずらしていたので、参加者全員に特別に、南極の氷でローヤルのロックを作り、最初にそれで乾杯。

 南極の氷は以前にいただいたものを冷凍庫で保管していたものだが、やはりウイスキーを注いだ瞬間からプチプチという音がして、この季節に飲むのにはピッタリだ。

 その後、1時間半ほど講義をし、最後に①サントリー角瓶(復刻版)、②ブラックニッカ復刻版、③初号スーパーニッカ復刻版、そして④ニッカ・フロム・ザ・バレルの4種類をテイスティング。やはり、スーパーニッカの復刻版とフロム・ザ・バレルが人気だが、そういえばフランスのシャルルドゴール空港の免税店では、3ℓサイズくらいのボトルが売られていた。500mlの、あのボトルがクールで可愛いと思うのだが…。

 セミナー終了後、しばしシェリーとシェリー樽の話もして、4時半すぎに終了。Uさんが前日夜から入力してくれていたウイスキープロフェッショナルの問題を受け取り、5時すぎに恵比寿にもどる。

 夕食後、仕事場のソファでテレビを観ていたら(花燃ゆ)、睡魔におそわれソファから落ちてしまった。ドラマは気がついたら、松陰も死に、井伊大老も死に、明治維新まであと6年の1862年になっていた。

 日米通商条約で横浜と長崎が開港したのが1859年で、当時多くの物(茶や生系、海産物)が海外に輸出され、物価が急上昇して庶民の暮らしを苦しめていたとか。さりげなく、そのことがドラマの中で描かれている。すでに当時トーマス・グラバーは長崎にやってきていて、グラバー商会を興したばかり。日本全国から茶(緑茶)を集め、それを香港のジャーディン&マセソン商会を介して、本国イギリスに送っていたのだ。

 もうじき、劇団ひとり演じる伊藤利助(のちの伊藤博文)たちがグラバーの手引きでスコットランドに渡る…。そういえば、グラバー邸も含めて幕末・明治の産業遺産が世界遺産登録されるかもしれないというニュースで連日もちきりだが、佐渡の相川金山はどうなったのだろうと、思ってしまう。

 長年、世界遺産登録を目指して運動しているが、実を結んでいない。単独での申請を目指しているのが、いけないのだろうか。佐渡の金銀山の歴史は古く、西三川の砂金は万葉の時代から知られているし、相川の金山は今から450年くらい前には、世界最大の金の産出量を誇っていた。徳川300年の財政を支えたのが、佐渡の金山だったのだ。

 そういう意味では、今回の世界遺産騒動は、佐渡人としては、ちょっと複雑である。

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