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  06 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「マラガ経由で無事帰国…」
 5日間のヘレスでの滞在を終え、18日の土曜朝9時にマラガに向け出発。マラガへは内陸部を抜けて行くと思っていたが、バスは途中海岸部に出て、有名なコスタ・デル・ソルのリゾート地を右手に見ながら走る。ひときわ特異な岩山が見えると思ったら、それがイギリス領のジブラルタルだった。世界史や地理の教科書で習った、あのジブラルタル海峡である。

 マラガ着は12時前。ヘレスから3時間弱かかったことになる。ここで日本人ガイドのMさんと合流し、マラガが生んだ世界的アーティスト、ピカソのピカソ美術館へ。この美術館はピカソの生家のすぐ近くに建てられたもので、各時代のピカソの作品が多数集められている。その後、近くのレストランでスペイン最後の食事をし、30分ほど旧市街を歩いて回る。マラガの大聖堂、主教館が圧巻である。
 
 市内観光後、再びバスでマラガ空港に行き、5時のフライトでパリのシャルル・ドゴール空港へ。空港で4時間近い時間があったが、予定通り23時55分発のエールフランス機で、日本へ。羽田に着いたのは、19日(日曜日)の18時20分頃だった。

 スーツケースが出てくるのを待ち、そこでツアー一向の解散式(?)を行い、無事シェリーツアーが終了。恵比寿の仕事場には、夜9時頃に帰りついた。今回のシェリーの取材については、5月31日発売の『Whisky World』6月号で報告するつもりだ。

 シェリーそのものも、現在稼働中のボデガ約40社のうち、3分の1以上にあたる15~16社に取材することができたが、何といっても興味深かったのが、ウイスキー用のシェリー樽の現状だ。

 初日に取材したクーパレッジが造っている新樽のなんと90%以上が、ウイスキー用の樽。さらにボデガが持っている樽の3分の1くらいが、今はもうウイスキー用のシーズニング樽なのだ。それらはもちろんウイスキーメーカーが要求したアメリカンホワイトオークかヨーロピアンオークの新樽だが、あるボデガではフィノのソレラ用に持っていたフィノ樽4,000個を、最近ディアジオに売ったという。

 第1クリアデラ、第2クリアデラの樽で、容量は500ℓと600ℓ。もちろん、これは新樽ではなく、100年近くソレラシステムとしてボデガが使ってきた樽である。それをシェリーの生産量が落ちているという理由もあり、今、売りに出しているのだ。
世界的なウイスキーブームと、マイクロディスティラリーブーム。それを受けて、今ヘレスのシェリー業者は、ウイスキー用樽の製造の可能性に、大きく動き出しているのだ。

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