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  10 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「横浜のセミナーと「竹鶴ノート」の所有者」

30~40の事柄が同時進行しており、決めなければならないことが山のようにあって、予断を許さない日々が続いている。挙句に、天気がよく、風の強い日は花粉が飛ぶのか、眼がどうにもショボい。スコ文研のスタッフも、まるで風邪ひき集団のようだ。

幸い鼻のほうは何ともないので、昨日から『ウイスキーワールド』のテイスティング。今回は18本中、10本のテイスティングをやらなければならず、校正、原稿執筆、ミーティングの合間に分けてやることにした。

その作業を昨日から行い、今日は朝からワールドの座談会原稿の校正、そして横浜のセミナーの準備。11時に恵比寿を出て、みなとみらい線で日本大通り駅。そこから歩いて会場となるワークピア横浜へ。1時からNBA横浜支部主催のウイスキーセミナー。テーマは「竹鶴政孝とウイスキー」ということで、2時間ほど、ドラマ「マッサン」の裏話、そして今回のドラマ取材で新しく分かった事実についても詳しく話をする。

その後、再び電車でスコ文研にもどり、今日から設置されたウォーターサーバーの契約書にハンを押し、さらにワールドのテイスティング3種。昨日の分と合わせて、これで8種をテイスティングしたことになる。

そのままタクシーで、六本木に向い、6時からハリウッドビューティ専門学校で、そこの秘書室長の玉利かおるさんにインタビュー。実は、玉利さんのお父さんが本坊酒造の石和蒸留所の初代工場長で、岩井喜一郎から「竹鶴ノート」を託された人物だと、先週分かったからだ。

つまり、本物の「竹鶴ノート」を持っていたのが玉利六雄さんで、その娘さんが玉利かおるさん。1985年(これも今回初めて分かった)に、ノートがニッカに返された時の経緯を唯一ご存知なのが、かおるさんなのだ。

その玉利さんが、なぜメイ牛山が創立したハリウッドビューティ専門学校の秘書室長をされているのか、その経緯も含めて、急遽次号(3月31日発売)の『ウイスキーワールド』で記事を掲載することにした。

今回の「マッサン」では、思わぬ“発見”が相次いだが、これも、その1つ。ついに本物の竹鶴ノートを持っていた人物に行きついたのだ。これだからウイスキーは面白くて、やめられないのかもしれない…。改めて、そう思った。


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