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  09 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「『ウイスキー通信』の発送と検定ミーティング」

昨日『ウイスキー通信』が届き、その日のうちに発送作業が完了。通常は納品日の翌日が発送だが、今回は引っ越し作業があるため、頑張って1日前倒しにしたのだ。

今回の通信の表紙は余市町・吉田農園の吉田さん。会津藩士の5代目で、今でも余市でリンゴ栽培を続ける数少ない入植者の子孫だ。吉田さんがてしおにかけて育ててきたのが、第1号のリンゴの木。“緋の衣”という品種で、奇蹟的に今日まで生きながらえている。

余市でリンゴ栽培が始まったのは、明治初年の1870年代。樹齢140年近いという老木だ。根元のあたりがすでにウロになっているが、吉田さんが大事に面倒をみてきたおかげで、今でも秋になると7~8箱のリンゴが収穫できるという。

実はリンゴの木のある生活というのは私の憧れで、イギリスに暮らしていた頃は庭にリンゴの木が1本あった。リンゴの木といえばニュートンの万有引力で、実際にニュートンが万有引力を発見したというリンゴの木を見に行ったこともある。もちろん、その子孫の木の話だが。だから、いつか自分の眼でリンゴの実が落ちるところを見たいと思っていたが、1本だけあった庭の木は小さすぎて、その願いは叶わなかった。そのかわり梨(もちろん西洋ナシ)の大木があり、毎年秋になると、うるさいくらいボタボタと実が落ちていた。

それはともかく、一見ウイスキーとは関係ないような表紙だが(まるで『月刊農家』だ)、この余市のリンゴ栽培がなかったら、竹鶴の余市蒸留所はなかったかもしれないわけで、そういう意味では、これもアリだと思っている。

昨日は1日中、通信の発送作業と引っ越し準備。今日も朝9時に新事務所に行き、工事関係者のために鍵開け。その後一度仕事場にもどって、10時にガーデンプレイスのサッポロ本社へ。日販さん含めて6人でミーティング。ビール検定、パン検定、ウイスキー検定の3つは“麦つながり”ということで、今後、協力し合っていこうということになったのだ。

そのウイスキー検定に向けて動きださなければならない。今回は“特別級”として「ジャパニーズウイスキー級」も設けたので、その簡単なテキストも作ろうと思っている。

引っ越し荷物と格闘しながら、着々と来年に向けてアイディアを練っているところである。


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