1
3
5
15
16
17
19
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
  07 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

検索フォーム
QRコード
QR

 

「毎年恒例、水戸のセミナー」
 昨日は昼すぎに新しい事務所の手続きに行き、その後スタッフと一緒に新事務所のレイアウトについて話し合う。やはり現場を見ないと、イメージが沸かないからだ。その後3時すぎにスコ文研にもどって、4時から『サンデー毎日』の電話インタビュー。相変わらず、ウイスキー特集の取材が続いている。

 夕方6時半からは今月一杯で辞めるスタッフの、ささやかなお別れ会。一緒に働いてくれた仲間が辞めるのは寂しいかぎりだが、これも致し方ない。人生はしょせん、出会いと別れの連続である。井状鱒二がかつて、別れをうたった有名な唐詩を翻案して、「サヨナラダケガ人生サ…」とうたったが、まさに、その心境である。原詩はたしか、「渭城の朝雨軽塵を潤し」だったと思うが…。

 今日は朝イチから『ウイスキー通信』の校正をして、10時半上野発のフレッシュひたちで水戸へ。毎年恒例の水戸「紅茶館」のセミナーで、昼1時からまずは「チベットのお茶」と題して、2時間ほど私が通った西チベット、ラダック・ザンスカールの文化とお茶の話をする。もっとも、お茶の話はわずかで、あとは1981年に行ったザンスカー越冬記の話が中心になってしまったが。

 それにしても、1981年の最後の旅から来年で34年である。初めて訪れたのが1975年のことだから、来年でちょうど40年!私にとって西チベット、ラダック・ザンスカールはセルフトート“学問の場”、大学だったと、どこかに書いたことがあるが、学問の面白さ、知ることの大切さ、さして学問をすることの意味が分かったのが、チベットだった。

 20代の6年間、1つの地域に通いつめ、そのすべてについて知ること、勉強することを自分の使命と課したことが、その後の自分の原点となっている。やるなら、徹底してやらなければならない、スコッチを知るために、スコットランドのすべてのことを知らなければならいと思ったのも、私にとってはまったく自然な流れだったのだ。

 という話も交えながら(全然お茶と関係ない?)、3時すぎに無事終了し、一度ホテルにチェックインしてから、再び「紅茶館」にもどり、6時からこんどは「竹鶴政孝とウイスキー」と題して、再び2時間のセミナー。こんどは①宮城峡12年、②余市12年、③カフェモルト、④カフェグレーン、⑤竹鶴ピュアモルトの5種類もテイスティング。

 ウイスキーと合わせるということで、スコットランド産ニシンの酢漬け、スモークサーモン、ポテトスコーンとダンディーマーマレード、そして最後にデザートとして、ダンディーケーキもいただくことにした。マーマレードはもともとダンディーが発祥地で、今でもスペイン産のオレンジを使って作られている。もちろん、ダンディーは東海岸にある有名な港町で、スコッチではハイランド、ローランドの境界線の町として重要である。

 そんなことも話しながら9時すぎに終了して、「紅茶館」のSさんや、紅茶スクールの生徒さんたちと、いつものようにフレンチレストランで打上げし、その後元NBA支部長のTさんが経営するバー「セレーネ」へ。これも毎年の恒例である。そこでカクテルと、モルトを一杯飲んで、ホテルには12時半すぎにもどった。

 東京にもどれば、来週はトヨタのセミナー、ウッドフォードリザーブのセミナー、レコール・ドゥ・ヴァン、NHK横浜と、ほぼ連日のようにセミナーや取材が入っている。今年もあと残すところ1か月である。


025.jpg


049.jpg


スポンサーサイト



* ウイスキー文化研究所公式HP
* ウイスキー文化研究所公式twitter