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  05 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「コックスさんとグレンロセス・セミナー」
 朝イチから原稿を書こうと思っていたら、排水口のパイプ洗浄の日だったことを忘れていて、8時半すぎに作業員がやって来る。仕方なく原稿は諦め、9時半すぎに恵比寿の仕事場を出て東京・丸の内へ。10時半からBBRジャパンで、グレンロセスのブレンドディレクター、ロニー・コックスさんにインタビュー。

 ロニーさんはスペイサイドのカードゥ蒸留所を創業したカミング家の出身。カミング家といえば“肝っ玉かあさん”として知られたヘレン・カミング、そして19世紀後半に初の女性オーナーとなったエリザベス・カミングが有名だが、実は1893年にエリザベスからカードゥ蒸留所を買ったのが、ジョニーウォーカーで知られるジョン・ウォーカーズ社。

 エリザベスの息子、ルイス・カミングは後にウォーカーのダイレクター、そしてウォーカーズ社がDCLの傘下に入ってからは、本体のDCLのマネージング・ダイレクターも務めた、名門中の名門の家系である。コックスというのは父方の姓だという。

 そんなロニーさんの家系のことや、個人ヒストリーを最初に聞いて、インタビューはスタート。ロニーさんがDCL経由でBBRに入ったのが1989年で、1993年からグレンロセスのマーケティングを担当しているという。現在のヴィンテージシリーズが世に出たのが1994年で、このコンセプトはロニーさんが創案したものだ。

 そうしたロセスのストーリー、製品の特徴を聞いたあと、いつもダンディなロニーさんの服装について何気に質問すると、ズボンをめくって赤いソックスを見せてくれた。そういえばジャケットの裏地も真紅のサテンである。実はカミング家は、あの“赤のカミン”こと、レッド・カミング家につながるのだとか。

 レッド・カミング、通称赤のカミング(歴史の本ではカミンと訳されていたので分からかったが、正確な発音はカミングである)は、13世紀後半から14世紀初頭にかけローランドを中心に活躍したスコットランドの豪族で、あのロバート・ザ・ブルースと王位を争った男。

 「私の先祖のレッド・カミングは教会の中でロバートに暗殺され、その後ロバートがスコットランド王、ロバート・ザ・ブルースとして即位しました」。もちろん例のバノックバーンの戦いでイングランド軍に勝利したブルース王のことだが、それ以来カミング家では赤色を身にまとうのが伝統になったという。「先祖を敬い、あのことを忘れないためです」とロニーさん。

 まあ、赤色ウンヌンというのは、半分ジョークなのだろうが、それにしてもである。その話を聞きながら、2週間前にアデルフィーのアレックス・ブルースさんに会った話をすると、「彼のことをよく知っているし、同じ業界の良い仲間でもありますが、公式の場では握手はしないようにしています(笑)」。

 かたやロバート王の末裔、かたや、そのロバートに殺された赤のカミングの末裔…。スコッチをやっていると、こんな歴史的な人物に会えるのがスゴイ。もっとも、スコットランドの歴史に興味がなければ、何の意味もないのだが。

 他にもいっぱい面白い話はあったのだが、それは『ウイスキー通信』に譲るとして、その後ロニーさんと銀座のアルマーニ店に行き、そこのレストランで昼食。食後すぐにタクシーで新宿に移動し、2時から京王プラザホテルのバーで、「グレンロセス・テイスティングセミナー」。ロニーさんが最初にロセスについて説明し、私がそれに解説、感想を述べるという形式のセミナーで、セレクトリザーブを含む4種をテイスティングし、4時前に無事終了。

 取材が入っていたので、電車で恵比寿にもどり、6時から『週刊ポスト』の電話インタビュー。初心者向けのウイスキー特集ということで、1時間ほどウイスキーの基本や、バーでの楽しみ方、マナーについて話をする。

 さすがに移動とセミナーなどで疲れていたので、夜は仕事をせずに11時に就寝…。

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