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  05 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「ウイスキー検定の問題作りに没頭する…」
 福岡から帰ってきて、この連休中はほとんど「ウイスキー検定」の問題作りに明け暮れる。昨日は、どうにか夕方までに3級100問を作り終え、歩いてスコ文研へ。問題の入力作業をしてくれるUさんに問題を渡し、再び恵比寿の仕事場に引き返す。

 途中、久しぶりに書店により、ウイスキー特集をしていた『pen』と、来年の手帳を購入。今日も朝から、2級の問題作りに取りかかるが、体力的にも限界で、集中力が続かない。

 夕方までに、どうにか70問ほどを作り終え、再びスコ文研。Uさんに受け渡しをして、夜は大学の仲間と久しぶりに飲み会。博多に行ったばかりだが、博多もつ鍋とホルモン焼きを食べながら、ビール、角ハイボール。どうしても話題は「マッサン」のことになる。

 そういえば「マッサン」がらみで、先週余市に取材に行き、幸田露伴が余市に2年余りいたことを知ったが、その時の露伴の作品をスタッフに頼んで探してもらっていた。そのコピーが私のスコ文研の机の上に置いてあり、今朝から、それに目を通している。

 余市の水産試験場の前にあった句碑には、「塩鮭や あぎと風吹く 寒さかな」という露伴の俳句が彫られていたが、露伴は漢文、漢詩、そして日本の古典や俳句、仏教などの宗教にも通じた、明治の文豪にして、日本文学の大巨人である。その露伴が19歳から20歳までの2年間を過ごしたのが、余市だったのだ。

 露伴に文学の道を選ばせたのが余市での体験で、文筆で身を立てる決意をし、当時勤めていた電信局(今の郵便局?)を一方的に辞して、東京までもどる道すがらを記録したのが、『突貫紀行』である。

 その道中、夜露に濡れた露伴が(金がなく野宿をくり返していたのだ)、「こんごは露を伴にする」ということで、露伴という号を名乗ることになったのだ。それもこれも、すべては余市である…。

 『余市春望』『余市八勝』という漢詩については、これから解読をしたいと思っているが、それにしても19・20歳で、これだけの俳句、漢詩を書くとは本当にすごい! いつか余市における幸田露伴の足跡についても、調べてみたいと思っている。

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