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  08 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「竹鶴ノートの写真の謎を追う…」
 例によって『ブレンデッド大全』の校正、執筆、画像さがし。『ウイスキー通信』のテイスティングコーナーの校正。昼すぎにスコ文研に行き、それらの入力作業。

 3月30日のボトラーズフェスのチラシもポスターも続々とできあがってきて、前売券、セミナーチケットの発売も開始している。セミナーは早々に売切れになりそうだ。

 4時すぎにアサヒのYさんが来て、次号の『Whisky World』で使用する竹鶴政孝関係の写真を見せてもらう。『実習ノート』のレプリカ版に貼られていた写真のオリジナルが、どういう状態なのか、ずっと気になっていたが、どうも原版のネガで保存されているわけではなさそうだ。

 いつ頃のプリントか分からないが100枚近い写真を見せてもらう。その中には『実習ノート』に貼られていたものもあるが、そうでないものも多い。初めて見る写真も多数ある。いつ頃、どこで写したものか、まったく不明だが、これから画像を解析して、それがどこの蒸留所の写真か特定したいと思っている。

 それにしても、このサイズはなんだろうと思ってしまう。1918年当時、竹鶴が持っていたとすれば、世界的な大ヒットとなったイーストマン・コダック社の通称“ヴェスタン”というカメラだと思っていたが、ヴェスタンは45mm×60mmというフィルムサイズだ。プリントされた写真を見ると、縦横比は、それより大きい。つまりタテよりも横のほうが、ヴェスタンのサイズより長いのだ。

 一般的に知られるフィルムサイズは24×36。もちろん当時はこんなサイズはない。60×90、60×70、あるいは二眼レフカメラの60×60というサイズが当時は一般的だったと考えられる。しかし、プリントされた竹鶴の写真は、タテに比べて横が長い。まるで今のビデオカメラの9:16くらいのワイドサイズなのだ。

 謎は深まるばかりだが、とにかく次号の『Whisky World』(3月30日発売)で、そのうちの一部をお見せしたいと思っている。調べれば調べるほど、謎が深まり、興味がつきるということがない。

 再び校正仕事にもどり、6時半から広尾の天現寺にあるイタリアンで、サントリーのKさん、Yさんと会食。シャンパンに始まり、白ワイン、赤ワイン、そして最後にバーボンのブッカーズまで飲んでしまった。そのまま11時すぎに恵比寿に帰宅。このところ会食が続いていて、なかなか大全のテイスティングができないのが悩みのタネなのだが…。
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