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  10 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「墓参りと明治のスコットランド人…」
 午前中、市の老人福祉課の人とミーティングをし、午後からレンタカーで母の墓参り。日蓮宗の塚原山根本寺に墓があるため、車で行かざるを得ない。距離にして10数km。国仲平野の一面の水田の緑が目に眩しい。最近はトキの放鳥が進んでいるが、もちろん自然のトキを見ることは難しい。それにしても、記憶に残る風景よりも緑が濃く、全島がまるで緑に呑み込まれているかのようだ。過疎で人が少なくなったのも原因なのだろうか…。

 墓参後、時間があったので国仲平野を縦断し、久しぶりに大佐渡スカイラインを車で走ることに。金井から相川まで大佐渡山脈を縦断する道で、途中、自衛隊の平基地を過ぎる。佐渡で一番高い金北山(1.173m)の山頂には、かつて駐留米軍が建設したレーダーがあったが、現在は何やら工事中である。現在は航空自衛隊の管轄だが、対北朝鮮用のミサイル防衛網なのかもしれない…。

 スカイラインの終着は相川町。佐渡金山のあったところで、現在世界遺産に申請中である。スカイラインを降りてくると右手に大立堅抗の巨大な産業遺物が残っている。明治維新後、ドイツやイギリスの技師たちが作ったもので、立役者の一人となったのがスコットランド人のジェームズ・スコットである。アバディーン近郊の出身で、幕末に北海道にやって来て、その後佐渡に移住。相川町で佐渡の女性と結婚し一子をもうけたが、母子ともにその後病没。スコットは7年の佐渡暮らしの後函館にもどり、そこで亡くなっているという。

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 いつか、その話を書きたいと思いつつ、時間がなくて達成できていない…。大立堅抗の写真だけ撮って、両津にもどることにした。

 夕方、港の岸壁で1時間半ほど釣り。釣ったアジ、ベラ、メジナを焼魚にして、それと買ってきたトビウオ、ヒラメの刺身、メバルの煮付をさかなにビール、日本酒。新鮮な魚を父に食べさせたかったのだ。
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