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  10 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「トリカブト事件と二人のOさん」
 午後イチでスコ文研。日テレ「世界仰天ニュース」のFさんからトリカブト事件について取材を受ける。3月27日放送の特番でトリカブト事件を取り上げたいという事で、当時の関係者を取材しているとのことだった。

 トリカブト事件が起きたのは1986年の5月。当時私は新潮社『FOCUS』の記者をしていて、この事件を追いかけていた。もともとは、編集部にかかってきた一本のタレコミ電話からだった。

 新婚間もないR子さんが、石垣島のリゾートホテルで謎の死をとげる。彼女には生命保険会社4社に、計2億円の保険がかけられていた。当然、疑われたのは夫のK・C氏。生前、彼女は夫が〝処方〟してくれる白いカプセルの薬を飲んでいた…。

 『FOCUS』が、この件を〝疑惑の保険金事件〟としてスクープしたのは、その年の7月。異例の3回連載記事だった。しかし、この件は当初事件とはならなかった。沖縄県警から警視庁の捜査1課に担当は移っていたが、立件ができなかったからだ。その後、私は新潮社を辞め、翌87年秋からイギリスでの暮らしが始まっていた。

 事件が再び注目を浴びるようになったのは、2億円の保険金の支払いをめぐって、夫のK・C氏と保険会社4社が争っていた民事訴訟の控訴審でのことだった。亡くなったR子さんの血液中から、猛毒のトリカブト毒が検出されていたことが、法廷で初めて明らかにされたのだ。

 その後、K・C氏は逮捕され、無期懲役が言い渡されている。それにしても、あの事件からすでに30年近くが経とうとしている…。当然、当時のデータもなく、記憶が定かでないところも多いが、タレコミ電話から実際に記事にするまでの、2ヵ月近い取材の過程は、今も鮮明に覚えている。

 取材の過程で知り合った人物で、今もお付き合いさせてもらっている人物が二人いる。一人は当時琉球大学助教授で、R子さんの行政解剖を行ったOさんだ。現在は日医大の法医学の教授をしていて、昨年教授就任20周年パーティーを催した。あの事件以来、30年近い付き合いになる…。

 もう一人は保険調査員の、やはりOさんで、初めてお会いした時、日本にも保険調査員という職業があるのかと、妙に感動を覚えたものだ。アメリカのテレビドラマでしか、知らない世界だった。当然、2億円の保険金請求がなされているのだから、調査員もベテランの、しかも腕っこきの人物があてられていた。Oさんは私よりも年配の、当時40代半ばくらいの人物で、週刊誌記者が足元にも及ばないような緻密な調査を積み上げていた。

 職業上、マスコミと接することはあり得ないことだったが、あることをきっかけに、私とOさんは〝戦友〟のような関係になっていた。2ヵ月近い取材調査の過程で、何度か互いにクロスする場面があったからだ。Oさんも一人、私も単独で、地道に足でかせぐ取材(調査)が続いていた。

 いずれにしろ、あれから30年近く…。お二人は私がスコ文研を立ち上げた時からの会員で、今も会員であり続けてくれている。調査員のOさんは現在76歳(もちろんリタイアされている)。お酒はほとんど嗜まないにもかかわらず、この12年間会員でいてくれているのだ。

 人の縁とは不思議なものというが、お二人との縁は、本当に不思議としかいいようがない。と、同時に、本当にありがたいと思っている。

 再現ドラマがどのようなものになるのか、私にはまったく分からないが、この件でOさんと久しぶりに電話で話せたことが、何よりも嬉しかった。O教授とは年に1~2回会っているが、保険調査員だったOさんとは、ここ5~6年お会いしていなかったからだ。
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