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  06 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「明治屋でワールドの編集長インタビュー」
 どうも風邪が完全に治っていないのか、体調はイマイチ…。しかし、そうも言ってられないので午前中は原稿と校正、午後は京橋の明治屋本店に行って、バッファロートレースのブランドアンバサダー、クリス・カムストック氏にインタビュー。

 これは3月31日発売予定の『Whisky World』April号のためで、1時間ほどバッファロートレースのブランドヒストリー、これからのマーケティング戦略などについて伺う。

 サゼラックが同蒸留所を買収したのは1990年代初めのことで、1999年にバッファロートレースという蒸留所名に改名した。その蒸留所名を冠したブランドが販売されたのが、その年で、最初はケンタッキーやテネシー、インディアナといった地元のみでの少量販売だったという。その後全米に販路を拡大し、少量ではあったが、海外にも輸出するようになった。ある意味、本格的な輸出は日本が初めてなのかもしれない。

 おそらく8~12年熟成の原酒のストックが整うのを待っていたからだと思われるが、熟成庫C、I、Kの3つで熟成させるという、基本戦略を考え付いたのは、あの伝説のエルマー・T・リーさんだという。ブラントンをはじめとしたシングルバレル・バーボンの生みの親だ。

 2005、06年に訪れた時はまだ健在だったが、相当な高齢でほとんど蒸留所には来ないと聞いていた。クリスさんによると、リーさんは今年92歳! しかし相変わらず元気で、週に一度蒸留所にやってきて、いろいろアドバイスをくれるという。
 
 バッファロートレースにはAからLまでのアルファベットが付けられた12棟のウェアハウスがあるが、そのタイプは3つに分かれるという。レンガ造りと石造りと、そして3つの中では比較的新しいメタルの熟成庫だ。先のC、I、Kのウェアハウスはすべてレンガ造りの熟成庫で、そこの中層にバッファロートレース用の樽は置かれている。ちなみにブラントンはH倉庫だったはずだ。すべての熟成庫の特性を熟知しているエルマー・T・リーさんだからこそできる、熟練のワザなのかもしれない。

 それにしてもクリスさんは大きいと思っていたが、なんと身長は204センチ! ワシントン州生まれの元アメフト選手(プロ)で、ケンタッキーに来たのは10数年前。奥さんがケンタッキー出身で、今ではすっかりケンタッキーが気に入っている。フォスターの『ケンタッキーのわが家』ではないが、一週間日本にいただけで、ケンタッキーが恋しいという。

 インタビュー後、ワールドの読者プレゼントとして、同蒸留所の鏡板にクリスさんやマスター・ディスティラー、サゼラックの社長と私の4人がサインしたものを、2人で持って記念撮影。ついでにボトルも1本付けたので、これは乞うご期待だ。
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