1
3
4
6
10
12
14
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
  11 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

検索フォーム
QRコード
QR

 

「マイクさんのブルースCD」
 “世界のウイスキーニュース”にも書いたが、元ラガヴーリンの蒸留所長、マイク・ニコルソン氏が、カナダのバンクーバーでブルースバンドを結成し、『ブルースメン・ドント・ユーズ・アンブレラ』というCDを出した。そのCDを入手したく、スタッフにネット上で探してもらった。
 マイク・ニコルソン氏と初めて会ったのは、確か1995年だったと思う。その後96年、97年と毎年のようにラガヴーリンでお会いし、その後もロイヤルロッホナガーで会っている。ディアジオの蒸留所マネージャーは28の蒸留所を転々とするが、ラガヴーリンからロイヤルロッホナガーへというのが最後の上がりコース。いわばキャリアの頂点に昇りつめることになる。両蒸留所が同社にとって特別な存在だからだ。
 マイクさんは、アイラの蒸留所マネージャーとしては“異質な”人物だと、私には映った。いつも派手なスーツに身をかため、金縁メガネに、手にはフランス製のゴロワーズ煙草。なんとなくニヒルでインテリジェンスにあふれていて、タイプは違うが、田村正和のような印象をもった。最初はとっつきにくい人物かと思ったが、話してみると気さくで、ユーモアのセンスにあふれ、温かい人物であることが分かった。
 そんなマイクさんの趣味(?)がブルースの演奏だった。アイラ島でも有志を募り、ブルースバンドを結成し、『95プルーフ』というアルバムまで自主製作している。録音したのは、なんとラガヴーリンのレセプションホールだ。もちろんそのCDは土産にもらい、さらに気に入って何枚も購入した。
 マイクさんはヴォーカルとサイドギター、リズムギターを演奏し、独特なダミ声を聞かせていた。ロイヤルロッホナガーから、リタイアしてカナダへ移住したと聞いたのは、2005年くらいの時で、たしか娘さんが結婚してカナダに住んでいたからだったように思う。それがカナダ西海岸のブリティッシュ・コロンビアのバンクーバー島で、そこのシェルターポイントという新しいマイクロ蒸留所のコンサルタントも務めていると、このCDのニュースで初めて知った。
 もちろん、その傍らブルースバンドを結成し、再びオリジナルCDの発売となったのだ。今でもちょっとシャイで、ニヒルでダンディー…。でも、嬉しそうにラガヴーリンの造りについて説明するマイクさんの少年のような顔が忘れられない。
 アイラの生活はどうですかというこちらの質問に、「ナッシング、ボーリング(何もない、実に退屈だ)」と答えていたマイクさん。てっきり都会育ちの、アイラとは縁もゆかりもない人物だと思っていたが、後にボウモアで1930年代の古い写真を見せられて驚いた。そこに写っていたのは、マイクさんの父の写真で、マイクさんの家系はアイラ島で代々続く、ウイスキー職人の家系なのだという。
 「マイクは生粋のイーラック(アイラ人)。ああ見えて、島民のためにいろいろ娯楽を提供しようとしているのだ」というジムさん(ジム・マッキューワン、元ボウモアのマネージャー)の言葉が忘れられない。
 マイクさんのブルース…。ぜひ、また聴きたいと思っている。

cd_covers.jpg
スポンサーサイト



* ウイスキー文化研究所公式HP
* ウイスキー文化研究所公式twitter