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  10 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「ラガヴーリンのジョージーさんにインタビュー」
 昨日からの流れで、今日は10時半に神田神保町のMHDモエ ヘネシーに行き、ラガヴーリンのジョージー・クロフォードさんにインタビュー。これはワールドではなく、『ウイスキー通信』の次号(10月25日号)の編集長インタビューだ。

 聞きたかったのはジョージーさんがラガヴーリンの所長になるまでの経緯と、ラガヴーリンの造りのスペックについて。最初に驚いたのは、ディアジオの28のモルト蒸留所の中で、現在マネージャーと、その上のプロダクションマネージャーに、10人近い女性がいるということだった。グレンエルギンやグレンオードについては前から知っていたが、そんなに女性マネージャーがいるとは、知らなかった。時代は確実に変わっているのかもしれない。

 ジョージーさんは生まれも育ちもアイラ島。父がグラスゴーで会計士の仕事をしていたが体を壊してしまい、先祖の出身地であるアイラ島にすむ事を決意。ポートエレンの『アードビュー』という小さなパブ兼インを買い取り、そこでパブを経営。しかし13歳の時にパブ経営を諦め、パースに再び移住。そこでジョージーさんは19歳までいて、その後エジンバラに出て、バーやレストランで仕事をしていた。エジンバラには足かけ6年くらいいたが、最後はスコッチ・モルト・ウイスキー・ソサエティ(SMWS)のリースのバーで働いていた。実は、そこで出会ったのが、私たちの仲間であるジミー山内。ウイスキーはすべて、ジミーから習ったという。

 4年間、SMWSで働いた後、イングランド人の友人がスペイサイド・ダフタウン町の「ウイスキーショップ」を買収し、そこで働かないかと言われ、ダフタウン町へ。それで思い出したが、そういえばダフタウンのその店で、ジョージーさんに何度か会っている…。ジョージーさんによると、“スペイサイド・ウイスキーフェスティバル”など、100近いイベントの企画をしたのも、彼女だという。

その時の経験がものを言ったのか、ディアジオに誘われ、2007年にタリスカー蒸留所のビジターセンター・マネージャーに転身。そしてティーニニック、グレンオード、グレンオード製麦所で10ヶ月に及ぶ訓練を受け、2010年10月にアイラ島のラガヴーリンに赴任したという。実は彼女は、まだ35歳という若さである…。

 後半のラガヴーリンの造りのスペックについては『ウイスキー通信』に譲りたいと思う。彼女の人生と同じくらい、興味深い話がいくつか聞けたが、乞うご期待である。

それにしても、スコッチ業界の変化はダイナミックである。マルシェのコーナーを担当していた、グローバル・ブランドアンバサダーのドナルドさんは、我々が昨年、ローズアイルを訪れた時に案内してくれた人物で、彼によると、ディアジオは現在、新たな蒸留所建設に向けて動き出しているという。ティーニニック、インチガワー、グレンダランのどれかに隣接する形で建てられるというが、生産規模は年間1,500万リットルで、これはローズアイルの1,250万リットルを抜いて、スコットランド最大になるとか。

 3つの候補地のうちのどれになるかは、年内に決まるというが、はたしてどこになるのだろうか。

 予定を少々オーバーして、11時半にインタビューを終わり、その後スコ文研。再びワールドの校正作業、長和の記念ボトルのラベル貼り。さすがに体がバテバテなので、5時すぎにスコ文研を出て恵比寿にもどり、夜は久しぶりにテレビでサッカー観戦。ビールが旨い!
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