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  10 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「秋田の謎だらけのウイスキー…」
 それにしても暑い…。連日の猛暑でマンション自体が温められているのか(西陽が当たるせいもあるが)、クーラーを切って出かけていると室内が32℃、湿度が70%近くになる。

 と、ブツブツ言いながら午前中、名酒事典の原稿、世界のウイスキーニュースの英文資料読み、秋田の準備。午後1時半頃に仕事部屋を出てモノレールで羽田へ。3時25分発のJALで秋田へ。アサヒビール秋田支店のHさん、チーフブレンダーの佐久間さんと合流し、車で秋田市内。一度ホテルにチェックインし、6時半から「濱乃家」で会食。

 その前にワールド・ウイスキー・アワード(WWA)で“ベストブレンデッドモルト”に輝いた「竹鶴17年」50本に、私と佐久間さんでサイン。「竹鶴」はこのところ連続で賞を獲っているが、今までは21年だった。今年は珍しく17年で賞を獲ったということで、ちょっと話題にもなっていた。

 会食は私と佐久間さんを含めて6名。昨年に引き続き今年もセミナーの3部の進行役を務めるSさんが、昨年ちょっと触れていた貴重なウイスキーを持ってきてくれ、それを全員で試飲。

 白の四角の陶器瓶につめられた「ザ・ウイスキー」というボトルで、アルコール度数は45%、60年オーバーとラベルには記されている。実はこれは「太平山」で知られる秋田の小玉醸造が、戦後すぐの昭和20年代前半から24年くらいにかけて作っていた地ウイスキーである。オーク樽に詰めて熟成させたあと、一升瓶に詰めて長い間地下の倉庫に放置されていたものだとか。それを昨年、少量限定、非売品としてボトリングしたものだ。

 現社長に直接お会いできなかったので詳しいことは分からないが、ポットスチルは中古で、その後売却してしまったのだとか。どんな原料を使い、どんな造りをしていたのかまったく分からないが、グラスに注いでみると色調はクリアで、思っていたよりも薄い。ゴールドからペールゴールドといった感じだ。

 アロマは意外にフレッシュで、バランスもそこそこ。瓶に詰めて60年近く経っていたら、普通は酸化熟成、あるいは劣化臭がするものだが、これはまったくない。口に含んでも、軽く、思いのほかフレッシュ。モルトというより、どちらかというとグレーン、あるいはアイリッシュに近いニュアンスがある。もしかして原料は大麦だけではない…。

 戦後すぐの秋田で、手に入る原料、樽とはどんなものだったのか。糖化は、発酵は、そもそも中古のポットスチルはどこ製で、どうやって手に入れたのか、はたまた日本酒の蔵人が、どうやってウイスキー造りを知ることができたのか、すべて謎である。サントリーに「謎」というウイスキーがあったが、こちらのほうが正真正銘(?)、ナゾだらけである。ゆっくりと噛みしめるように味わいながら、しばし考えこんでしまった。これだからウイスキーはやめられない…。

 その後、会食にも出席していた、NBA秋田支部相談役のSさんの「ルヴェール」に。料亭「濱乃家」の目の前である。今度はカウンターの中に立つSさんから、昔懐かしい「スーパーニッカ」の特級時代のボトルを、それも時代ごとに2~3種類を飲ませてもらう。最後はボトラーズのアードベッグでしめて、その後、同じくNBA本部長Sさんの「ラジオズ・バー」へ。土曜日ということもあるのかもしれないが、店内は若い人達で大盛況。比内地鶏のから揚げを食べながらギネスを1杯。11時頃にホテルに戻った。
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