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  06 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「オリンピック開会式とカティサーク」
 あまりの猛暑に一日中外に出ず、仕事部屋で過ごす。オリンピックの開会式を途中からテレビ中継で観たが、女王もポール・マッカートニーも、そして組織委員長のセバスチャン・コーも歳をとったなあと思う。

 セバスチャン・コーといえば、かつてオリンピックの、イギリスのヒーローだった人物。最後のほうでサイモン・ラトルの指揮で、映画『炎のランナー』のテーマ曲を演奏したが、『ミスタービーン』のローワン・アトキンソンが出ていて笑えた。さすが、ユーモアの国イギリスである。ニッポンの公共放送が、その意味が分からず、何の注釈も入れてなかったのにも笑えたが。他の国では、あり得ない演出かもしれない。

 ロンドンオリンピックといえば、今年正月に佐渡に帰った時に、父がポツリと、「ロンドンオリンピックに行きたい」と言っていたのを思い出す。夢は叶わなかったが、それだけ父にとって、生涯最初で最後のロンドン旅行(海外も初めてだった)は、想い出深かったのかもしれない。もう20年以上前の話だが…。

 『ウイスキー通信』の原稿と校正、そして長和フェス関連で、地元のローカルペーパーから頼まれていた、「アウトドアとウイスキー」というエッセイ原稿を3枚。私にとって忘れられないウイスキーは、最後のザンスカール遠征(1981年2~4月)に持って行った「カティサーク」。アウトドアと呼ぶには過酷すぎる旅だったが、今でもあの時の光景が鮮やかに蘇る。

 ロウソクの灯に照らされた濃緑のボトルと山吹色のラベル。何故カティサークを選んだのか、今となっては思い出せないが、ラベルに描かれた帆船に大いなるロマンを感じ、自身の冬期ザンスカール踏査行と重ね合わせていたのかもしれない。

 行っている間は必死で、考える余裕はなかったが、後で考えると、あれほど「死」が身近に迫っていたことはなかったかもしれない。2ヵ月に及ぶ旅から生きて帰ってくることができたら、そのカティサークで乾杯しようと思っていたのだ。

 夕方、原稿・校正が一段落したところで、ウイスキーエキスパートの集中対策講座の準備。いよいよ、その集中セミナーが明日から始まる…。

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