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  08 ,2020

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「アードベッグデーのセミナーとトリカブト事件」
 午前中ウイスキープロフェッショナル試験の採点、「ウイスキー通信」の原稿。ボトラーズについてまとめている連載企画の3回目。5~6枚書いたところで切り上げ、2時すぎに西新橋の『オールド・キルンバー』、略してAKB。ここは神田にあったバー『デュース』のHさんの店で、訪れるのは久しぶりである。2時半から開かれた、アードベッグデーのテイスティングセミナーに出席。

 参加者は25名ほどで、店は熱気に包まれている。ブランドアンバサダーのデイビッドさんのセミナーで、アードベッグ・ブラスダ、10年、ウーガダール、アリゲーターの4種をテイスティング。

 ブラスダは久しぶりに飲んだが旨かった。10年は以前より軽くなった印象だが、スモーキーでピーティ。やはり秀逸なモルトである。ウーガダールはシェリー樽熟成の長熟の原酒を入れた、私のイチ押しのアードベッグだが、以前のものとかなり違うという印象を持った。

 長熟のシェリー樽原酒のストックがもはや底をつきかけ、以前と同じようにはつくれないというデイビッドさんの説明を聞いて、そうなのかと納得した。グレンモーレンジ社がアードベッグを買収した1997年当時、アードベッグの熟成庫には、ほとんどストックがなかったのだ。

 買収直後に出た17年やプロヴェナンス、一連のコミッティーボトルは、ほとんどすべてが他のブレンダーから買いもどした樽からのボトリングだった。あるセミナーでコミッティーメンバーが、ビル・ラムズデン氏に「今のウーガダールは以前と味が違う。どうしたのか?」と詰問する場面があったという。

 その時のビルさんの答えは、「昔と同じものはつくれない。それがダメだというなら、解決策は1つ。もうウーガダールはつくらないことだ」。

 この20年の間に、アードベッグには15回近く訪れているが、改めてそれらの日々を振り返ると感慨深いものがある。最初に訪れたのは1993年のことで、その時はアライドドメック社の所有。ラフロイグの所長のイアン・ヘンダーソン氏が自ら連れていってくれた。もちろん、私が訪れた時は生産は行われていなかった。当時はラフロイグの職人が、ごく短い期間だけアードベッグの生産を行なっていたのだ。すべてはバランタイン用の原酒のためである。

 セミナーは4時すぎに終了し、一度恵比寿にもどり、夜8時に白金台のワインバー「ア・ラ・カーブ」で、日医大のO教授ら昔の仲間6人で飲み会。7月7日にOさんの教授就任20周年を祝うパーティーがあるので、その打ち合わせも兼ねていた…。Oさんとも、もう30年近い付き合いになる。出会いは『トリカブト殺人事件』であった。当時Oさんは琉球大学の法医学の助教授、私は事件を取材する週刊誌の記者だった…。

 あの時も、2人の間にはウイスキーがあった。いや、ウイスキーがなかったらあのトリカブトのスクープも、今の2人の付き合いもなかっただろう。ウイスキーは不思議な出会いをもたらしてくれる酒であると、改めて思った。

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