FC2ブログ
1
2
3
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
  08 ,2020

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

検索フォーム
QRコード
QR

 

「TWSCセミナーと学習院の遠征隊メンバー」
 昨日の土曜日は今年最後のTWSCセミナー。ただコニサー教本の校正、そして検定の問題作りがあるため、午前中はそれらの作業をして、12時半に会場となる飯田橋レインボービルへ。

 予定どおり1時から第1部として、私がワールドウイスキー6種について講義をし、その後、実際のテイスティング。①ペンダーリンシェリーウッド、②レイクス・スチールボネット、③トムソン・マヌカウッドスモーク、④ポールジョン・エディテッド、⑤オマー・バーボンカスク、⑥カバラン・ソリスト・バーボンカスクの6種類を飲む。

 ①のペンダーリンは今までの製品と違って非常にバランスも取れていて、ボディは軽いが美味。これは例の特殊なスチルではなく、2014年に導入したノーマルヘッドのスチルによる2回蒸留なのだろう。あの“ペンダーリン臭”が消えている。正直、驚いてしまった。

 ②のスチールボネットはスコッチとイングリッシュのモルトウイスキーのブレンドだが、いかんせん、イングリッシュのほうが若すぎる気がする。やはり不倶戴天の敵同士であるスコッチとイングリッシュを混ぜることが、無謀か…。

 ③のトムソンはニュージーランド特産のマヌカの木のウッドチップで麦芽をスモークしたものだが、非常に不思議な味がする。なぜ、ニュージーランドやオーストラリアのウイスキーは、こうも特殊なのだろうと、改めて首をひねってしまう…。ハワイで造られるウイスキーは悪くなかったし、台湾、インド、南アフリカだって、美味しいウイスキーはできる。なのになぜ、キウイーとオージーに特殊なフレーバーが多いのだろうか。いつか現地に行って、その謎を解き明かしたいと思っている。

 ポールジョンのエディテッドは相変わらず素晴らしいし、オマーもカバランも、さすがの台湾ウイスキーである。特にカバランは、今年のTWSCで各賞を総ナメにした理由がよく分かる。

 ということで私のセミナーは終わり、3時半からは2部として小正醸造の小正社長が小正の10種の製品についてレクチャーしてくれた。内訳は芋焼酎4種、米焼酎1種、ジン2種、ウイスキー3種の計10種で、実に分かりやすく、そして興味深い講義・セミナーだった。詳細をいつか書きたいと思っているが、知らないことも多くて、ぜひ、また鹿児島に行かなければと思った次第だ。

 そのまま打上げと行きたかったところだが、6時半から新宿で昔の学習院大学ラダック・ザンスカール隊の忘年会があるため、5時半すぎに会場を後にする。学習院大学の遠征隊は当時大学5年生だった私が組織したもので、部員4人とともに1976年6月から10月まで、4ヵ月間チベットに遠征した。

 その前の準備期間から、国内合宿(これは冬山訓練)など、行く前に約8ヵ月間、そして帰国後も報告会など半年以上続いたので、隊の発足から解散まで約1年半、文字通り寝食を共にした仲間たちである。当時私が22歳、一番若い隊員は2年生だったので、20歳という若さである。

 今は5年に一度くらい全員で集まっているが、今回は私の『チベットの原風景』の出版があったので、3年ぶりの飲み会となったのだ。1976年の遠征から今年で、丸43年。それぞれ就職したり起業をしたりと別々の人生を送ってきたが、私と一番若かったK君の2人は今も現役で仕事を続けている。しかし、あとの3人はそれぞれ学校の校長や郵便局長、中堅ゼネコンのサラリーマン人生を終え、今はリタイヤ生活を満喫しはじめている。

 写真は遠征に出発する直前の私たち5人と(懐かしい学習院のピラミッド校舎が写っている)、そして今回の忘年会の時の写真である。44年前のちょうど今頃、私たちは毎日のように酒を飲み、そしてミーティング、準備に明け暮れていた。当時、44年後の自分たちを想像できた者は一人もいなかっただろう。人生とは面白いものである…。


191223.jpg


IMG_6977.jpg
スポンサーサイト





* ウイスキー文化研究所公式HP
* ウイスキー文化研究所公式twitter