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  08 ,2020

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「東京フェスとチベットの原風景…」
 『ウイスキーガロア』と『チベットの原風景』、そして『ウイスキーライフ』、さらにコニサーの教本、エキスパート試験の問題と追いまくられていたが、ようやく、それぞれ何となく目途が付きそうな気がしてきた(そうでないと困るのだが…)。

 ということで相変わらず午前中はそれらの原稿書き、校正で毎日何万字という文字と格闘している。それが終わればウイ文研に行って午後からミーティング三昧。チベットの本のことで水曜にはデザイナーとミーティングし、今日は午後から来年の蒸留所ツアーの件で近ツリさんの担当者とミーティング。来年のツアーはいよいよアイリッシュの蒸留所を7泊9日で回る予定だ。

 さらにそれが終わって、今度は全体ミーティング。このところ何ヵ月も週に1~2度の出張と取材、ミーティングでウイ文研にいられる時間が限られていたため、全体ミーティングは私にとっても貴重な時間だ。小さなオフィスといっても15名前後のスタッフがいる。7月に3名辞めたが、その分の新しいスタッフも入社した。あまりにやることが多すぎて、スタッフも大変だが、今のウイスキーブームでは、それも仕方がないと思っている。

 いや、ウイスキーどん底時代にスコ文研をスタートした身としては、今のように処理しきれないくらいに仕事が舞い込むのは、実にありがたいことだと思っている。創立から10年くらいはスタッフも2~3名で(最初は私ひとりだけ)、仕事もほとんどなかったことを思えば、ゼイタクは言ってられない。というより、ウイスキーのためなら、何でもしたいというのが本心だ。できることは、何でもやりたい。できないことでもチャレンジしたい。…そう思っているからだ。

 全体ミーティングではやはり1ヵ月後に迫った東京フェス、そしてTWSCがらみが一番多くなる。今年のフェスは4本のオリジナルボトルと14のセミナー、そして目玉グッズとして、念願(?)の『ウイスキー手帖(Whisky Note)』も発売する。これは手帖サイズのテイスティングノートで、見開き2ページ、1アイテムでテイスティングコメントやデータが書けるようになっている。

 それだけだったら単なるノートだが、巻頭にはテイスティングの楽しさ、面白さ、そしてその方法、アロマの用語集(約200)を、系統別に分けて掲載している。そして巻末にはスコッチ、アイリッシュ、ジャパニーズの全蒸留所リストを、そのオーナー企業、地域、そしてなんとスコッチは、その蒸留所のポットスチルの数まで載せてある。全部で300近い最新の蒸留所リストである。これだけのリストはうちしか作れないだろうと、これだけでも価値がある。

 もちろん使いながら、これからは読者の声も参考にしながら、毎年改良を重ねていきたいと思っている。目指すは「ほぼ日…」のベストセラー手帳である(まずムリだが…)。ぜひ、フェスでの販売を楽しみに。

 もうひとつ、フェスでも土・日の両日とも私のサイン会も行う予定だ。できればサントリーの名誉チーフブレンダー輿水さんもと思っているが、これは調整中だ。

 私のサイン会は、とりあえずどんな本(トートバッグ、ボトルもだが)でもするつもりだが、実はフェスで初披露するのが、『チベットの原風景』だ。A5版200ページの単行本で、7割は1976年から82年頃にかけて私が『アサヒグラフ』や『太陽』、『岳人』などに書いていた原稿で、3割が、今回、この本のために書き下ろしたものだ。

 ウイスキーの本ではないので、申し訳ない気もするが、カラーやモノクロの写真を100点以上使い、今から半世紀前のチベット、ラダック・ザンスカール地方の人々や風土を知ってもらいたいと思っている。

 …原風景としたのは、チベット文化、チベット社会が昔のままに残るのは、もはや地球上に、ここしかないかもしれないと思うからだ。そしてもうひとつ。今の私があるのも、21歳から27歳までの6年間、ラダック・ザンスカール地方に通っていた体験があったからこそだと思っているからだ。

 今思えば、濃密な、そして厳しくも、喜びに満ちた時間だったかもしれない。当時、私には世界がくっきりと見えていた。これ以上、蒼くしようのない空と、ラマ教に深く帰依する人々。当時は、人生の意味が分かるような気がしていた。“セルフトート”という言葉があるが、まさに私にとってはヒマラヤが、人間形成の場、大学だったのだ。

 その後、『フォーカス』で5年半、イギリスに5年半、そして今こんなことをやっているのも、すべての原点はチベットでの体験にあると思っている。

 まあ、死ぬまでに出すことが私の夢だったので、今はほっとしている。といっても、まだ30枚くらい原稿を書いていないが…。

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