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  08 ,2020

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「カティサークとダイバーウォッチ…」
 大阪から戻っても相変わらずハードスケジュールが続いている。ガロアの原稿、校正が連日続いているが、それと並行する形で、9月1日のウイスキー検定の問題作り、そしてジャパニーズウイスキーの定義、JWA、さらにコンペのミーティングと目白押しだ。

 9日から14日まで、お盆休みも入るため(私は休みはゼロだが…)、その前にやれることはすべて、やってしまわないといけないということで、京都のウイビアメッセ、倉敷のウイスキーフォーラム、そして長和の100mlボトルのブレンドも並行して進めている。それぞれ3~4種くらいつくりたいと思っているが、そのラベルをどうするか、それも待ったなした。

 このところウイスキーが相変わらず好調なせいか、私のところにも相次いで単行本の企画が3つくらい持ち込まれている。すべてを引き受ける時間的、体力的余裕はないが、できるかぎり応えたいとも思っている。もちろん、私家版の『チベットの原風景(仮題)』のほうも進行していて、さすがに長和には間に合わないが、東京フェスには間に合わせたいと思っている。

 それと直接関係はないが、ガロアの新連載で、“この逸品にこの一本(仮題)”というコラムもスタートさせることにした。その1回目が時計で、シチズンの1980年に発売されたダイバーウォッチと、カティサークの思い出をコラムにまとめている。

 時計シリーズが、ずっと続くかどうか分からないが、とりあえず第1回は、私の思い出でやらせてもらうことにした。1981年2月、私の最後のヒマラヤ行となった、厳冬期ラダック・ザンスカール踏破行に持って行ったシチズンのダイバーウォッチと、カティサークである。

 シチズンの時計はモニターということで、出発前にもらったもので、カティサークは、もし私が奥地のザンスカールから無事レーに戻ってこられたら、下宿の自室で飲もうと、成田の免税店で買ったものだった。

 当時、私はスコッチについては何も知らなかった。カティサークを選んだのは、もともと私は船乗り志望で、帆船に憧れていたのと、チベット仏教を象徴する色が黄色だったからだ。ダライラマを頂点としたチベット仏教(ラマ教)の中心宗派はゲルクパで、これは黄帽派と訳されている。要するに山吹色の鮮やかな僧帽と衣がシンボルカラーなのだ。それはまさにカティサークの色だった。

 結局、1ヵ月半にわたるザンスカール行から無事に戻ってきた私は、レーのレストランで、同行者のタシやパルダンさんたちと祝杯をあげた。当時、レーといえども電力事情が悪く、たしかロウソクの明かりでカティサークを飲み、モモというギョウザや、トゥクパというチベット風うどんを食べた記憶がある。

 残念ながら、その時のカティサークの味についてはほとんど覚えていない。もちろん当時のボトルは、“Scotch Whisky”ではなく、“Scots Whisky”だったはずだが。

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