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  07 ,2019

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「岡山、倉敷と萌木の村のフェス…」

 ガロアのぶらり旅で10日から12日昼まで岡山・倉敷に行っていた。9月1日に倉敷のアイビースクエアで、倉敷初となるウイスキーフォーラムが開かれ、私もセミナーを頼まれているのと、ウイ文研もブース出展する。ならばその前の7月12日発行の『ウイスキーガロア』で、倉敷の紹介をしたいと思ったからだ。

 岡山はもちろん宮下酒造の独歩館で、ここで昼食を食べ、そのまま倉敷へ向かう。詳細はガロアを見てのお楽しみだが、やはり歴史的な美観地区と、大原美術館、そして世界的にも有名な倉敷(児島)のデニム、ジーンズが面白い。思わずジャパンブルーというお店で、デニムのジャケットを買ってしまった。

 児島のデニムストリートにも足を伸ばしたかったが、各工房が倉敷に店を出しているのと、時間がなかったため、今回児島は断念した。倉敷は徳川幕府の天領で、ウイスキーフォーラムの会場となるアイビースクウェアは、もと幕府の奉行所跡。その後、たしかクラレの工場だったところだ。天領と聞いて、にわかに親しみを覚えたのは、佐渡も天領だったためで、相川金山に佐渡奉行所が置かれ、徳川250年の財政を支えた。現在、日本でも数カ所しかないが、当時の奉行所を完全に復元しているのは、佐渡の相川奉行所くらいしかない。

 倉敷は碑が建てられているだけで、当時を偲ぶものは何もないが、天領・奉行所と聞くと、なぜか親しみを覚えてしまう。ちなみに当時の佐渡奉行は江戸のエリートで、今でいうと財務省の課長・部長級のキャリア官僚で、出世コースといわれたのだとか。倉敷は紡績、綿花栽培、そして米の集積地として瀬戸内の重要な拠点だったのだろう。

 ということで2日間の取材を終え、ウイ文研にもどったのが昨日の2時すぎ。今日は2時に1件のミーティング、さらに3時からコンペ授賞式後初の全体ミーティング。やっとコンペが終わったばかりだが、22・23日には萌木の村の清里フェスが迫っているため、その進行も含め1時間半ほどミーティングを行う。

 その後、清里フェスのパンフレット作り、そしてフェスの恒例である100mlのお土産ボトルの制作も行う。今回は時間がないので、スコッチのブレンデッド、アメリカン、ジャパニーズの3種のみ。私と輿水さんの星談義に引っかけて、ラベルは夏の星座シリーズでいくことにした。

 夏の星座といえば、こと座、わし座、白鳥座の大三角形。それぞれ一等星のベガ、アルタイル、そしてデネブである。ベガとアルタイルは東洋では七夕の織姫と彦星である。その間を流れるのが天の川で、白鳥はその中を泳いでいる。私の大好きな大三角形で、昔はよく、こと座の2重星やはくちょう座の星雲などを天体望遠鏡で眺めたものだ。

 もちろん、それ以外にガロアの原稿とWPの採点も待ったなしだし、やることは山積みである…。



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