FC2ブログ
1
2
3
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
  08 ,2020

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

検索フォーム
QRコード
QR

 

「大野先生の退職記念パーティー」
 新潟のクラフト蒸留所のコンサルが本格化してきている。22日の金曜は3時からウイ文研で、そのミーティングを行う。麦芽粉砕機やマッシュタン、発酵槽、ポットスチルをどこに発注するのか、その場合のスペック等について、発注先の担当者の方にも来てもらい、細かいところをチェックする。今回、発注は3ヶ所くらいに分かれそうだ。

 それが終わって5時半から、こんどはウイ文研の全体ミーティング。コンペ後初の全体ミーティングで、WPの集中セミナー、京都ウイスキーパーティー、アイラツアー、その後の取材、バーショー、WP試験、大阪フェス、コンペ表彰式、受賞パーティー、そして萌木の村の清里フェスなどについて、担当スタッフの人員配置も含め、スタッフ全員で話し合う。とにかく秋までやることが山積みだ。

 そうこうしていたら、あっという間に11月の東京フェスがやってくる。その前に長和フェス、琵琶湖クルーズ、WEの集中セミナー、試験が待っているが…。

 ということで(?)、土曜と日曜は恵比寿の仕事場で、ひたすら原稿書き。さらに上がってきたゲラを見て、その校正作業が続く。このところ歯の調子が良くないので、再び横浜の歯医者通いがつづいていて、土曜も夕方4時半すぎに横浜へ。

 今日もガロア、ぶらり旅の清里取材の準備と原稿書き。ガロアだけでなく、検定合格者向けの『Whisky Life』の入稿も迫っているため、その巻頭の原稿を書いてしまう。その後、夕方4時すぎに恵比寿を出て神保町の学士会館へ。6時から開かれた日医大教授、大野先生の退職記念パーティーに出席。前回の教授就任20周年の時にウイスキーのブースを出したことが好評で、それで今回も大野先生から頼まれ、ウイ文研のブースを出すことにしたのだ。

 用意したのは12本のウイスキーで、それを出席者にプラカップで飲んでもらう。大野先生と私とのつながりは、1986年5月に起きた例の「トリカブト事件」だ。当時、私は『FOCUS』の記者をしていて、この事件を追いかけていた。スクープとしてフォーカスで3回連載を行ったのが、その年の7月のことである。

 沖縄の石垣島で急死した被疑者K氏の妻を解剖したのが、当時琉球大の助教授だった大野さんで、私は取材の過程で3度ほど沖縄に通い大野さんから話を聞いている。K氏は2002年に最高裁での刑が確定し(無期懲役)、その後、獄につながれたが、2013年に獄中死している。

 世間を騒がせた、あの事件の当事者が大野さんで、当時それを取材していたのが私だった。その後、私は87年に新潮社を辞め、その年秋に渡英したが、大野さんとは連絡を取り合い、93年帰国後も、よく一緒に飲んでいた。大野さんがウイスキー好きということもあり、スコ文研立ち上げの際には会員にもなってもらい、スコ文研テイスティングや、『ウイスキーワールド』に登場してもらったこともある。

 私も大野さんも同い年(1954年生まれ)、事件当時はお互いに32歳で、髪の毛も黒々、フサフサしていたが、今では互いに白髪頭で、髪も薄くなった。あれからすでに33年の月日が経っている。トリカブト事件が取り結んだ不思議な縁だが、それが30年以上経った現在も続いているのだから、人生捨てたものではない気がする。

190324_1.jpg

190324_2.jpg

190324_3.jpg


スポンサーサイト





* ウイスキー文化研究所公式HP
* ウイスキー文化研究所公式twitter