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  08 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「ブータン国王夫妻来日と、フェスの準備、ジャッキーさん…」
 東京は朝から雨。このところブータン国王夫妻が来日し、連日テレビでその様子が放送されている。ブータンはチベット文化圏の東のはずれ、私が行っていたラダック地方は西のはずれに位置している。その距離、およそ3000キロ。

 ブータンの面積は九州と同じくらいで、そこに約70万人の人々が暮らすという。ラダックは九州と四国を合わせたほどの面積に、約11万人の人々が住んでいる。確かブータンはチベット語で「ドゥクユル」、龍の国の意味だったと思うが、ラダックは同じチベット語で『峠のある国』の意味だ。

 ラダックはその大半がインド領で(一部パキスタン、中国)、ブータンのような独立国ではない。しかし同じラマ教徒で、チベット語の方言をしゃべっている。ブータン語はゾンカ語といったと思うが、同じチベット語でもラダック語とブータン語ではかなり発音、語彙が異なる。ワンチュク国王はきれいなクィーンズイングリッシュを喋っていたが、時折、王妃とブータン語で会話していた。これが、私の覚えているラダック語とまったく違って、一言も理解できなかった(笑)。

 ブータンはラダック、あるいは一般的なチベット文化圏とひとつ違うところがある。それはブータンが標高200メートルの低地から標高7000メートルのヒマラヤの高地まで、国土が垂直分布をしていることだ。チベット文化圏の指標は標高2500メートル以上といわれる。この標高になると米は栽培できず、大麦、小麦となる。逆にチベットの象徴ともいえるヤク(牛の仲間)は2500メートル以下では棲息できない。

 ブータンは国土が200メートルから7000メートルにかけ存在するため、米も作れれば、大麦、小麦、そしてヤクも飼える。ここがラダックなどと大きく違う点で、ラダックはすべて3000メートル以上の高地である。

 そんなことを懐かしく思い出しながら、連日報道されるテレビを観ていた…。

 昨日まででフェスの荷造り、発送作業は一段落し、朝からフェスのセミナーの準備。年表はすでに作り終えていたが、この10~20年のスコッチの動向などを資料を見ながら、まとめる作業。90年代のことは意外と覚えているのに、肝心の2000年代に入ってからのことが、なかなか思い出せない。あまりにも、多くのことが起こりすぎているせいかもしれない。

 4時すぎに準備を終え、どしゃぶりの雨の中、スコ文研。忘れ物などないか、最後のチェックをして、ボトルなど発送できなかった物を車に積んで、会場となるホテル日航東京へ。6時に着き、6時半からジャッキーさんたちとホテルで食事。

 ジャッキーさんと会うのは2月の「ウイスキーライヴinソウル」以来だが、ちっとも変っていない。今回は一人での来日で、通訳としてウイスキー仲間のソンさんが同行。ソンさんは日本に暮らす韓国人女性だ。シャンパンで乾杯をし、グリル料理を食べながら、韓国のウイスキー事情など、いろいろ話し合う。来年2月に再びソウルで「ウイスキーライヴ」、さらに夏から秋にかけてソウルで「ウイスキーフェスティバル」も開きたいという。

 「ライヴは初心者向け、フェスはウイスキーコニサー向けに。できれば年2回開催して、もっとシングルモルトを韓国に広めたい。年1回では、韓国人には少なすぎる(笑)」というのが、その理由だ。フェスに来るのは今回が初めてだが、ライヴとフェスの棲み分け(?)を、よく分かっている。スコ文研のホームページもこまめにチェックし、「マモルさんのスケジュールも分かっています」と、笑う。

 ということは、年に2回ソウルに来てほしいということか…。嬉しいやら、時間のやりくりが…。9時半に食事を終え、それから荷物を宴会場に搬入し、会場セッティングを簡単にチェック。思った以上にブーステーブルが大きく、スペースを取ってしまうので、ホテルの人に指示をして、テーブルの間隔をつめたり、はずしたり…。あとは明朝チェックすることにして、10時半すぎにホテルを出て、ゆりかもめ、JRを乗り継ぎ恵比寿に帰宅。
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