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  10 ,2019

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「ガロアの表紙と赤いソックスの謎…」
 ガロアの下版も無事終わり、今回も予定どおり11月8日にはウイ文研会員、定購読者には発送できそうだ。これで創刊(2017年3月)から17号まで、一度も遅れることなく発行できたことになる。当たり前といえば、当たり前のことだが、140ページ近いオールカラーの雑誌を、わずか2~3名で作っていることを考えれば、よくやっていると思う。

 ましてやガロアだけに集中していればいいというものではない。今回は特にそうだったが、ガロアの他にウイスキーライフがあり、フェスのパンフレットがあり、その間にエキスパート、検定の過去問題集(それぞれ近日中に発行予定)があり、そしてさらに私の単行本の『チベットの原風景』も加わった。編集スタッフ2~3名で、とてもこなせる量ではないのである…。いわば、ウイ文研スタッフ全員の協力のもとでやっているのだ。

 そのガロアの表紙は、今回ホテル取材の中で撮影したバランタイン21年のボトル写真を使うことにした。実は表紙にはいくつかの案があって、当初は三郎丸蒸留所の鋳物のスチルを使おうかとも思ったが、最新号の『ウイスキーマガジン』(英の出版社)が表紙に使っているので、こちらはバランタインで行くことにした。どこも考えることは一緒である。

 『チベットの原風景』の表紙は、やはりシャンカル寺院の仏像の写真を使うことにした。東京フェスのオリジナルボトルの「駒ヶ岳2012」と同じである。まるで、ボトルと本がセットみたいだが、もちろんまったく別の売り物である。シャンカルの仏像は、何度も書いてきたことではあるが、千手千眼千足観音菩薩で、あらゆる衆生を千の眼、千の手で救ってやろうというもの。ラマ教というより、後期インド仏教が最後に到達した密教の根本仏の1つである。

 これはチベットに伝わった金剛界曼荼羅の左下に描かれている仏像で、もちろん中心仏は大日如来である。それはともかく、その『チベットの原風景』の入稿も済ませ、簡易チラシではあるが、宣伝チラシも作った。そんな作業をしながら、昨日は5時半に事務所を出て、6時過ぎに銀座のブルガリビルの8Fにある、「イル・リストランテ」というイタリアンの店へ。7時から開かれたウィスク・イー、BBR主催のウイスキーのローンチディナーに出席。

 それはロニー・コックスさんの名を冠した「ロニーズ・リザーヴ」というシリーズで、1992年から1969年までの6種類のヴィンテージを、美味しいイタリアンとともに堪能できた。中味はスペイサイドモルトだが、蒸留所名は明かせないという。もちろんBBRといえば、あの蒸留所しかないが、現在その樽をBBRは6,000樽くらい所有しているのだとか。発売は暮れから来年初めになるということだったが、楽しみだ。

 ディナーの最後は全員赤いソックスをはいて記念写真(!)。赤いソックスはロニーさんのトレードマークで、実はロニーさんはカードゥ蒸留所の創業者、カミング家の出身。カミング家の祖先は13世紀にロバート・ザ・ブルースとスコットランド王位を争った家系で、宿敵ブルースによって、教会の中で暗殺されてしまった。それがもとでブルースはローマ法王から破門されたが、それでも1306年に戴冠式を強行、王位に就いている。

 そのカミングは“レッド・カミン”と呼ばれた勇猛な戦士で、いつもキルトの下に赤い靴下をはいていたことから、そう呼ばれたのだという。それは、たとえ足に傷を負っても敵にさとられないためで、それ故“赤のカミン”として恐れられたのだ。

 その先祖の故事を誇りに思い、ロニーさんはウイスキービジネスに身を投じた若い時から、生涯ソックスは赤と決めたのだそうだ。ロニーさんは私と同じ65歳。私も今回久しぶりに赤いソックスをはいて記念写真に納まった。赤のソックスなんて、山をやっていた大学時代以来かもしれない。当時の山屋はニッカボッカに派手なロングソックスと決まっていた。当時、そういえばよく赤のロングソックスを着用していたのを思い出す。

wg17表紙

s_チベットの原風景表紙カバー

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