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  07 ,2018

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「横浜にロックのライブを聴きに行く」

 2週間ぶりに日本に帰ってきた。アイルランドもロンドンも暑かったが、東京の暑さも凄まじい。締めきっていた恵比寿の仕事部屋はムシ風呂のようで、すぐにエアコンのスイッチを入れる。この湿気はアイルランドにはなかった…。やはり、アジアである。

 2週間の不在を少しでも取り戻そうと、荷物を整理したあと昨日はウイ文研に行き、事務整理。今日は時差ボケで朝の3時に眼がさめたので、9月に迫ったウイスキー検定の問題づくり。その後、4時すぎに仕事場を出て横浜関内の7thアベニューに行き、今回アイルランドの旅でご一緒した横浜・君嶋屋の君嶋さんのライブを聴きに行く。

 ミスティックウォーターという彼のバンドの演奏を生で聴くのは初めてだったが、さすがに年季が入っているというか、横浜のロック魂のようなものを聞いて、疲れも吹き飛んだ。横浜といえば私が青春時代によく遊びに来ていたところでもあり、この7thアベニューというライブハウスは知らなかったが、青春時代、よくライブを聴きに行っていたのを思い出してしまった。

 当時は誰もがそうだったかもしれないが、私も高校時代”ロック少年”だった。ただし演奏するほうではなく、聴くほうだったが、佐渡の高校生が学校を休んで(自主休講)、わざわざ新潟や東京にライブを聴きに行っていた。

 忘れもしないのが1971年7月、高校3年生の時に、昔の後楽園球場で行われたグランド・ファンク・レイルロードの伝説のコンサートだ。途中から激しい雷雨となり全身ズブ濡れになったが、青春をしているという実感があった。もちろん、帰ってから、こっぴどく先生に怒られたのは言うまでもない・・・。

 その時は3人で行ったが、そのうちの一人は昨年11月にガンで死んだ。生徒会長もやり、その後外科医になった優秀な男だったが、生涯、洋楽を聴いていた。葬儀の時に彼が録りためていたMDの山を見せてもらった。生涯”ロック少年”だったのだ。

 君嶋さんは、今、日本ソムリエ協会の副会長。そんな現役バリバリの君嶋さんを、アイルランドのスレーン城にお連れできたのは、望外の喜びだ。スレーン城で一夜かぎりのロックコンサートが始まったのは1981年のことで、U2やクイーン、ローリングストーンズ、ボンジョビ、マドンナ、ボブ・ディラン、ニール・ヤングなど錚々たるメンバーが、城を背景とした前庭で8万人から10万人規模のコンサートをやっている。

 特に先代城主とU2のボノとは仲がよく、1984年には城の通称キングスルームにボノが6ヶ月間暮らし、ここでアルバムの録音を行ったという。まさか、ウイスキーつながりで、その30数年後にスレーン城にやってくるとは夢にも思っていなかった。

 …これだから人生は面白い。内田裕也さん流にいえば、ロックンロールである。


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