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  09 ,2017

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「東京フェスの記念ボトルのために秩父を訪れる」

 長和フェス、琵琶湖クルーズが終わっていないというのに、もう11月の東京フェスのチケットも販売開始となっている。その東京フェスのオリジナル記念ボトルの選定のために、今日は朝イチのレッドアロー号に乗り、ベンチャーウイスキーの秩父蒸溜所に行ってきた。

 2週間くらい前にサンプルを送ってもらっていたが、なかなかスケジュールの都合がつかず、ようやく9月に入って実現したという次第。私とフェス担当のSさん、ガロア編集のMさん、代表世話人でカメラ担当のSさんの3人と一緒に蒸溜所へ。

 カメラのSさんが同行していたのは、その樽選びの様子をガロアで誌面にするのと、もうひとつ、『サライ』の取材も兼ねていたからだ。

 最初に蒸留棟の中を見せてもらって、その後、今回東京フェスの樽が眠っている第1熟成庫に行き、実際の樽と対面。結局選んだのは、2011年7月蒸留のノンピートの秩父で、樽は以前羽生の原酒が詰められていたもの。明らかに、これだけが他のサンプルと違っていて、不思議なことに羽生の味がする・・・。

 いわば羽生のDNAを受け継いだ秩父のモルトウイスキーで、実際にウエアハウス内で樽を見せてもらったが、2002年に羽生の蒸溜所で私が見ていた樽そのものだった。

 もちろん当時は白木の光沢が美しい日本製の樽だったが、15年近い歳月を経て、すっかり黒ずんでいる。まさか、15年ぶりにその樽に再び出会うとは思ってもいなかった。

 その後、再び『サライ』の取材で第2、第3、第4熟成庫とクーパレッジを見せてもらい、ミズナラとミズナラ樽について肥土さんから興味深い話も聞くことができた。その第4熟成庫の隣には、今までの熟成庫の倍のキャパシティーを持つ、第5熟成庫がすでに完成している。

 秩父がウイスキーの生産を開始したのは2008年の2月で、来年でちょうど丸10年。この間の秩父の飛躍ぶりは本当に目を瞠るものがある。私自身、秩父に行くのはすでに10回を超えているが、その成長をつぶさに見ることができたのは、ある意味、このうえない幸せだったと思っている。

 ウイスキー文化研究所のウイスキーフェスティバルも、秩父より一足早く、この11月で10周年を迎える。東京フェスは2007年11月、銀座のビルのイベントスペースを使って第1回が開かれたが、その時のスペースは300平米ほどで、来場者も4~500人程度だった。

 それが今では3000平米ほどの会場に100を超えるブースが出展し、来場者も4000人を超えるほどになった。さらに東京以外でも大阪をはじめ、全国で年間3~4回開いている。

 ひと口に10年というが、10年は長いようで、短い。その間走り続けてこられたのは、ラッキーだったというほかない。もちろん、これからも走り続けるのだが、秩父もそしてウイ文研も、10年というひとつの区切りを迎えることになる…。



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* ウイスキー文化研究所公式HP
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