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  01 ,2014

プロフィール

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky World』(2005年3月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「スプリングバンクの興味深い事実を発見…」
 午前中、アイリッシュのブッシュミルズの原稿を書いて、その後、『ウイスキー通信』の校正作業。昼すぎにスコ文研に行き、再び通信の校正作業と、ボトラーズフェスのポスターやチラシの入稿確認。ボトラーズフェスも、ちょうどあと2ヵ月だ。『ウイスキー検定』も企画書ができ、いよいよ本格始動である。

 とにかく大全と並行して、こんどは『ウイスキー通信』、さらに3月に出版される『ゼロから始めるウイスキー入門』(カドカワから3月初旬刊)の、初稿ゲラが先週くらいから上がってきているので、それの校正もしないといけない。大全よりはるかに遅いスタートなのに、こちらのほうが先に出てしまう結果に。

 通信では、前号1回分「マクドゥーガル・クロニクル」を休んだので、今回はこれを5ページとした。その校正に時間をとられてしまう。ちょうど1980年代の終わりから90年代のアタマにかけ、マクドゥーガルさんがスプリングバンクにいた時代のことで、当時のオーナー、ヘドリー・ライト氏の人物描写がなかなか面白い。それと生産再開とフロアモルティングの復活、オーガニックウイスキーを仕込んだのが、マクドゥーガルさんだったということが分かって、二重三重に興味深いものがある。

 ウィリアム・ケーデンヘッドの買収や、キャンベルタウンのイーグルサム、それとバンクが経営していたディスコの話も出てきて、興味はつきない。このディスコの話は以前、フランク・マッカーディさんから聞いたことがあって、そういうことだったのかと腑に落ちた。当時マクリハニッシュに空軍基地があり、そこの若い兵隊さんたちが、毎晩のようにくり出し、繁盛していたのだという。

 初めて私がスプリングバンクに行ったのは、20年前の1994年だったと思うが、ようやく私の実体験と、マクドゥーガル・クロニクルが追いついた気がする。本は、あと残すところ1~2章しかないが、同時代のこととして、そこから先は読めるからだ。

 そんなことを考えつつ、再び大全のテイスティング。スコッチ、アイリッシュはすべて終わり、いよいよジャパニーズだ。残り一週間で、『ブレンデッドウィスキー大全』の入稿作業である…。

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