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  01 ,2020

プロフィール

mtsuchiya

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky Galore』(2017年2月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「NHK・BSで22年前のアフリカの旅が再放送…」
 このところ外部の人とのミーティングやインタビューも相次いでいる。昨日は午後から『AERA』の増刊号、『ニャエラ』の取材を受ける。猫のムック本で、ウイスキーキャットの件で取材したいということで、1時間ほどインタビュー。どうも年賀状にグレンタレットのアンバーの写真を使っていたことが、思わぬ形で反響を呼ぶ結果となったようだ。

 その合間にガロア、そしてコニサー教本のミーティング、さらにジャパニーズフェス(JWF)のセミナー、オリジナルボトル等のミーティングが相次ぎ、毎度のことだが恵比寿の仕事場にもどるとグッタリ…。食事を作る気も起きずという日々が続いている。

 今日、朝イチから原稿を書いていると、古い友人からメールがきて、NHK・BSで9時からプレミアム・カフェで、1998年に放送された私のアフリカの旅が再放送されていることを知る。暮れに担当ディレクターから電話取材を受けていたが、すっかり放送日とかは忘れていた。慌ててテレビをつけ、9時半すぎから懐かしい放送を観ることに。自分で言うのも何だが、22年前の私は若い(!)。当時私は44歳だったのだから当然だが、思わず画面を見つめてしまった。

 そのおかげで原稿がほとんど書けなかったが、昼にはウイ文研に行き、1時からこんどはNHK地上波の「逆転人生」の取材を受ける。4月放送予定の同番組でイチローズの肥土さんが登場するため、その背景などについて取材にみられたもので、予定通りなら2月下旬にもスタジオ収録を行いたいという。

 その後、2時すぎからは新しく立ち上がる通販サイトの担当者がきて、1時間半ほどミーティング。終わったところで、再び全体ミーティング、ガロアのミーティングと休む間なく次から次へと話し合いが続く。ここ1週間、ウイ文研として最も重大案件となっていたのが大阪フェスで、そのことで思わぬ新しい進展があったので、急遽ミーティングを行い、会場等を決めることに。近日中に、これもアナウンスできるだろう。

 JWFについては着々と準備が進んでいて、オリジナルボトルも佐多さんのアブサンの他に、3社のオリジナルウイスキーが可能になりそうだ。これが揃えばJWFオリジナルボトルは4本ということになる。セミナーも合計8コマのラインナップがほぼ決まり、来週にはその概要も発表予定だ。8コマすべて非常に面白いセミナーが揃い、今からチケットの争奪戦になることは必至だ。

 同時進行で大阪フェスのオリジナルボトルも進んでいて、こちらはジャパニーズというしばりがないので、スコッチ、アイリッシュをやはり5~6本を揃えたいと思っている。それにしても、今のウイスキー、スピリッツを取り巻く環境は我々の想像をはるかに超えてすごいことになっている。

 スタッフがまた増えることもあり、このところ原稿や校正、ミーティングなどの合間に労務関係の打ち合せ、そして資料・法律を読む作業も続いている。これは言ってもしょうがないことだが、私たちの若い頃とはずいぶん違っている…。週刊誌記者やフリーランスをやっていたから余計そう思うのかもしれないが、経営者としては時代に合わせた変革をやるしかないと思っている。

 ということで、25日(土)はウイスキー検定合格者を対象とした三郎丸ツアーで富山に行く。総勢30名のツアーで、私が添乗員、ガイド、懇親会幹事も兼ねることになる。そういえば4月下旬のアイルランドツアーは、ようやく申し込みの全体が分かり、近日中に申し訳ないが抽選ということになりそうだ。結果は、来週半ばに旅行会社から通知が行くことになる。さて、今年は…。

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* ウイスキー文化研究所公式HP
* ウイスキー文化研究所公式twitter

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「ノミニケーションのインタビューと水戸のボトル」
 宮崎・鹿児島からもどって、土・日とウイスキー検定の問題の校正、ガロアの原稿書き、チベットの写真集の画像選びなどの作業に追われる。

 20日の月曜日は2時半にノミニケーションのリチャードことリアムさんがやってきて、彼のサイトのためのインタビューに答える。以前も一度、ジャパニーズウイスキーの定義について書いてくれていたが、今回はジャパニーズウイスキーフェスティバルについての取材で、なぜジャパニーズに特化したフェスをやることになったのか、ジャパニーズの定義のその後、そしてJWAについても聞かれる。

 1時間ちょっとのインタビューの後、4時半からはキリン・メルシャンの3氏が見えられ、昨年から進めていたオリジナル・スピリッツについてミーティング。今回は、やはり間に合いそうもないということで、これは継続案件となった。

 今日もやることが満載で昼にはウイ文研に行き、まずは次号のガロアについてミーティング。18号を出したばかりだが、もう19号の入稿まで1ヵ月を切っていて、そのラインナップの詳細を広告担当も交えて話し合う。次号はジャパニーズ特集ということで、すでに取材はスタートさせているが、それ以外のラインナップについて、進行等も含め検討することに。

 さらにその後、2月2日に行われる水戸の“土屋守の会”に向けて、お土産の100mlボトルを決め(ワールドウイスキー、ブランデー、ジンの3種)、そのラベルのデザイン案も決めてしまう。コニャック・ブランデーは初めてだが、水戸の会は女性が中心なので、紅茶に合うブランデーとしたのだ。

 水戸のミニボトルのデザイン案を決めたところで、2月19日(水)にレコール・ドゥ・ヴァンで開かれるジン・ウイスキーのセミナーのボトル7種を選んでしまう。これは私が年に1度くらいの割合で引き受けているワインセミナーの講師で、今まではウイスキーだけでやっていたが、今回はジン、ワールドウイスキーでやることにした。今年も週1くらいのペースで各種セミナーをやらないといけない。そのスケジュールも徐々に埋まりつつある…。

 その後、3時15分からは全体ミーティング。大阪フェスの会場下見に行ってもらったスタッフのNさん、W君から報告を聞き、最終決定を下すため全員で話し合う。さらに2月9日に迫った第10回ウイスキー検定、そして4月12日のジャパニーズフェスの現状報告もやってもらう。

 検定は今回が記念すべき10回目ということで、東京、名古屋、大阪、広島の4会場で6つの級の試験を行うが、前回より2割増しくらいの申し込みがあった。それでも1600人くらいと、目標の2000人には届かなかった。まだまだ、やり方が足らないのだろう。

 ウイスキーは飲んで楽しむものだが、他の酒に比べて、はるかに知識が重要となる。いや知識を身につけることが、ウイスキーの楽しみのひとつだと言っても過言ではない。そういえば、正月の“格付け番組”でGACKTが面白いことを言っていた。

 お金や人間関係は盗まれることはあるが、身につけた知識は他人から奪われることはないと。知識を身につければつけるほど、その人間を豊かにしてくれ、そしてそれは決して奪われはしないのだと、私も思う。

 ウイスキー検定も、ウイスキーコニサー資格も、そうした思いがあるから続けているのかもしれない。

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* ウイスキー文化研究所公式HP
* ウイスキー文化研究所公式twitter

 

「オリジナルアブサン造りと坊津の鑑真像」
 水・木と宮崎を取材した後、金曜日は朝8時15分の在来線特急に乗り、宮崎から鹿児島中央駅へ。宮崎と鹿児島はもっと近い距離かと思っていたが、特急で2時間以上もかかり驚いてしまう。これなら鹿児島から博多へ行くほうが早いことになる。九州の地理や鉄道の状況が分かっていないと、移動は大変だ。

 鹿児島中央駅には10時半すぎに着いて、そこから迎えにきてくれた佐多宗二商店のNさんの車で一路佐多さんのところへ。鹿児島へは、このところ年に2~3回来ている計算になる。今回の目的は4月12日に開かれる「ジャパニーズ・ウイスキーフェスティバル2020」、通称JWFのオリジナルボトルのためで、フェス限定となるオリジナル・アブサン造りのためだった。

 あらかじめレシピについては何度かメール等で打ち合わせてあったが、佐多さんの出迎えを受け、さっそく赤屋根製造所に行き、アブサンに使うフレッシュなニガヨモギ、乾燥ニガヨモギ、八角、山椒などを見せてもらう。すでにいくつかの原酒を仕込んであったが、それに新しくボタニカルを足し、さらに柚子のスピリッツも加え、そして再びアーノルドホルスタインのハイブリッドスチルで蒸留するという、大変、手間のかかるものだ。

 それら一連の作業の確認をした上で、実際に柚子のスピリッツ100リットルの蒸留をやらせてもらった。もちろんベーススピリッツは佐多さんのところの芋焼酎。つまり麹を使った日本の伝統のスピリッツで、これがジンやアブサンにも効いてくるというのが、佐多さんの持論だ。

 佐多さんのスピリッツ造りの師匠はフランスのレジェンド、ジャン・ポール・メッテ氏で、いわばメッテ仕込みの西洋スタイルのスピリッツと、和のテイストをミックスした究極のハイブリッドスピリッツということになる。アブサンについては2年前に郡上八幡の辰巳さんのところでも造らせてもらったが、佐多さんのところは使うボタニカル、蒸留の回数など、はるかに手間がかかっている。完成するのは、もう少し先だが、今から出来上がるのが楽しみだ。

 結局、3時間近く作業をして、その後無理を言って、坊津の秋目まで車で案内してもらうことにした。坊津は鑑真和上が6回目の渡航にして、ついに上陸を果たした地で、前々から行ってみたいと思っていた。佐多さんのところから枕崎を抜けて1時間近くかかり、最後はとんでもない山道を登り下りして、ようやくたどり着くことができたが、これで長年の宿題を、もうひとつやり終えた気がした。鑑真和上は、その時66歳。まさに今の私と同じ歳だ。日本に仏教の戒律を伝えるために渡航を決意して12年。すでに両眼の視力を失っていた。その鑑真がついに日本の地を踏んだのが、坊津の秋目海岸だったのだ。

 実は秋目の海岸は007の『007は2度死ぬ』のロケ地になった場所で、鑑真記念館の前には、その記念碑も建っている。そこにはショーン・コネリー、そして丹波哲郎のサインが彫られている。その時、ボンドガールを務めたのは浜美枝で、まさか鑑真もここで水着の美女が登場するとは夢にも思わなかっただろう。しばし、秋目の浜を眺めながら、そんなことにも想いを馳せていた…。

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「宮崎ぶらり旅で尾鈴山と宮崎のバーへ」
 連休明けの14日火曜日は朝からミーティング三昧。水曜日から4日間、宮崎、鹿児島に行くため、不在の間の確認事項が山のようにある。結局、ミーティングが終わったのが夕方6時半すぎで、昨日の15日は朝イチで羽田に行き、9時すぎの飛行機で宮崎へ。

 宮崎空港に降り立つのは17年ぶりくらいで、そのまま電車に乗り高鍋へ。12時すぎに駅で黒木本店の黒木さんに迎えにきてもらい、まずは「甦る大地の会」の農場へ行くことに。ここは46ヘクタールという広大なファームで、黒木さんのところがやっている農場だ。クレソンやルッコラという葉ものや野菜をつくっているが、一方で尾鈴山で使う大麦もすべて、ここで作っているという。

 現在大麦用に使っているのは18ヘクタールの畑で、収穫した大麦(冬大麦)はすべて、ここで製麦までしている。その製麦方法が驚きのやり方で、世界に例を見ない画期的な方法なのだ。もちろん、乾燥も2台の乾燥機でやっているが、非常に面白いと思った。こんな方法でやることも可能なのか、という驚きである…。

 その後、焼酎カスの肥料工場などを見て一路尾鈴山蒸留所へ。尾鈴山は山猫、山セミ、山猿の焼酎を造っている蔵で、17年前に取材に訪れたことがあったが、その時とはかなり様子が変わっている。当時はステンレス製の焼酎蒸留器1基しかなかったと記憶しているが、その生産棟の中に、現在は焼酎用2基と、ウイスキー用1基、ジン・スピリッツ用1基の計4基のスチルが入っている。詳細は次号のガロア(ジャパニーズ特集とぶらり旅)だが、その蒸留システムもかなりユニークだ。

 その後高鍋の本店蔵も取材させてもらい、その日は宮崎の「レストランいわなが」で会食。美味しい宮崎牛や宮崎名物のチキン南蛮などを堪能した。今日は宮崎駅から再び列車に乗り都農へ。そこからタクシーで有明産業の都農工場を取材。もちろん洋樽づくり、特にミズナラ樽の製樽を取材するのが目的で、工場長の永友さんから、いろいろ話を伺った。それが終わって再び都農駅に行き列車で宮崎にもどり、夕方からぶらり旅の本番取材。

 まずは宮崎といえば炭火焼鳥なので、その元祖である丸万さんへ行くことに。昭和29年創業の店で、なぜ串に刺した焼鳥ではなく、開いたもも肉をそのまま焼いたのかなどの話を聞き、その名物をいただく。腹が一杯になったところで、宮崎いちの繁華街ニシタチにあるバーを3軒回る。1軒目は2017年にオープンした新しいバー アワトで、2軒目は1973年にオープンしたという老舗中の老舗のバー蚤の市。そして最後がスナックMIWAである。

 それぞれに個性的で実に面白い。ニシタチの懐の深さを思い知らされた気がした。蚤の市の市来さんは17年前のサイン本を大事に持っていてくれて、驚いてしまったが、聞けばもう喜寿だという。とてもそうは思えなく、若々しくお元気だ。若いといえばスナックMIWAの美和さんも年齢不詳だが、とても若く、どう見ても30代にしか見えない。

 南国宮崎の特徴なのだろうか、街も人もおおらかで、本当に温かい人たちなのだ。それぞれのストーリーについては、やはりガロアで、その詳細を見てほしい。2ヵ月に一度だが、ぶらり旅で全国のバーを回る、それが醍醐味かもしれないと改めて思った次第だ。

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「テイスター座談会とジン・焼酎の基準づくり…」
 3連休の最終日、成人の日だが、今日はガロアのテイスター座談会のため12時過ぎにウイ文研へ。毎年恒例の座談会で、昨年一年、ガロア6号分のテイスティングアイテムについて、点数を確認するとともに、気づいたことや最近のウイスキーをとりまく環境や変化についても話し合ってもらった。

 昨年一年で私たちがテイスティングしたアイテムは全部156本。毎号24本を基本としているので、それだと144本だが、昨年はスペシャルな号が2回あり、6本ずつ増えて、それでトータル156本となったのだ。そのカテゴリー別に見てみると、スコッチがトータルで78本とダントツに多い。ちょうど5割という数字だ。そのうちシングルモルトが61本で、スコッチのシングルモルトだけで全アイテムの約4割ということになる。

 ついで多いのがアイリッシュの18本、ジャパニーズの11本、そしてアメリカンの10本となっている。世界5大ウイスキーのカナディアンは1本しかない。それに対してワールドは、すべてトータルすると18本と、なんとなく最近のトレンドが見てとれる気がする。

 ガロアが創刊してこの3年、大きく変化しているのはアイリッシュの台頭と、そして世界的なクラフト人気。さらに台湾やインドといったアジアの国々のウイスキー。もうひとつ、『ウイスキーワールド』時代には考えられなかったのが、世界的なジンブームだ。ガロアはTWSCもあり、ウイスキー以外のスピリッツも取り上げてきた。それが、毎号2~3アイテムはあるジンやスピリッツのテイスティングだった。

 で、156本の中で最高点だったのは、ポートエレン39年の94.5点で、2位がカリラの35年だった。どちらもディアジオの限定品で、値段と稀少性を考えれば当然といえるかもしれないが、上位10位までにスコッチ以外では、カバランのポイヤックカスクの1本だけしか入っていない。もちろん、どれも90点以上だが、値段的にはどれもF以上、つまり3万円から10万円までで、Gも3本入っている。Gは1本10万円以上というボトルである。

 スコッチは今、コスパが良いと評判になっているが、高いものは高いのである。特に上位を独占したディアジオのスペシャルリリースは、限定品で値段も高い。ポートエレンとブローラはこのシリーズからは外れているが、今は新しいリリースでも1本数十万円する。

 今後、ガロアのテイスティングをどうしていくのかというのも、座談会のテーマのひとつだった。ワールドの時代にやっていた、毎年のアワードも考えたいと思っている。点数の高いものではなく、我々ガロアの目的は、コスパの優れたもの、これは飲んでおいたほうがいいと思えるようなものを、ガロアで紹介したいと思っているのだ。

 ということで、途中から飲み会(?)となってしまったが、有意義な座談会となった。その時にTWSCの焼酎審査の話にもなったが、焼酎とジンについて、緊急でテイスターだけでテイスティング座談会をやることに決定した。やはり昨年のTWSCでもジンやスピリッツの評価基準がわからないという声をよく聞いた。ましてや今年はそれに焼酎も加わる。

 ガロアのテイスターは全員TWSCのジャッジ、チェアマンでもあり、一度、基準みたいなものが決められるのかどうか、その場合どんな基準が考えられるのか、やってみようということになったのだ。次号のガロアが出るのは3月12日でジャッジ本番の時だが、ガロアの下版のタイミングで、その部分だけ抜き刷りにして、ジャッジの皆さんに送付しようと思っている。少なくとも発行の一週間前、3月5日前後にはお届けできるだろう…。

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