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  03 ,2017

プロフィール

現在、作家、ジャーナリスト、エッセイスト、ウイスキー評論家、日本初のウイスキー専門誌『Whisky World』(2005年3月創刊)の編集長として活躍中。2001年3月スコッチ文化研究所(現ウイスキー文化研究所)を設立。

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「テイスティングセミナーとゲール語セミナー」

 いつの間にかホームページも新しくなった。自分自身は超アナログ人間なので、この手のものは苦手でよく分からないが、以前のものよりはるかに見やすく、良くなっている。ウイ文研も日々進歩しているのだ。

 連休明けの昨日は久しぶりの雨で冬に逆もどりした感があったが、連日『ウイスキーライフ』、『ウイスキーガロア』の編集作業が進んでいる。さらにウイスキープロフェッショナルの集中講座、清里フェス、東京バーショー、大阪フェスとイベントも目白押しで、なかなか気の抜けない日々の連続だ。

 そんな中、昨日は夜7時からスクールで明治さんに頼まれたウイスキーのテイスティング基礎講座。グレンモーレンジィの10年、マッカラン・シェリーカスク12年、タリスカー10年、アードベッグ10年、シングルグレーン知多、山﨑12年をテイスティングしながら、ウイスキーの香味成分がどこからきて、それぞれどんな違いがあるのかを製造工程の説明をしながら解説。さらにウイスキーのアロマ、フレーバーについても実技をまじえながら解説した。

 今日はやはり昼間はガロアの原稿、その校正をして、夜7時半からスクールで、こんどはゲール語基礎講座。スコットランド人のスティーブンさんが講師になってゲール語の基礎を教えるという新講座で、今回はそのテストケースだった。

 スティーブンさんはゲール語の研究者で、日本にも8年くらい居たことがあるので、日本語も堪能だが、やはり専門用語はなかなか難しいみたいだ。

 ゲール語はインド・ヨーロッパ語族の1つだが、他のヨーロッパの言語ともかなり違っている。現在日常的に使っているのはアウターヘブリディーズなどで、スカイ島とアイラ島にもネイティブがまだ少しいるようだ。ただ、私自信の経験でいえばアウターヘブリディーズのルイスやハリス島以外では出会ったことはないが。

 スコットランドのゲール語とアイルランドのゲール語も少し違うようで、やはり各地に方言があるようだ。ゲール語がスコットランドに広がったのはAD5世紀から12世紀にかけてだということだが、現在ゲール語が日常的に話されているアウターヘブリティーズが10~11世紀までヴァイキング語文化圏だったというのも面白い。

 もともとヴァイキングが来る前はゲール人が住んでいたと思っていたが、どうもそうではないらしい。アイルランドからゲール族がやってきたのは5~6世紀頃で、アーガイル地方にダルリアダ王国を築いたのが始まりだ。考えてみれば当時スコットランドは、同じケルトでもピクトと呼ばれる、ゲール族とは別の先住民が住んでいた。そのピクト語(?)とゲール語の関係についてはどうなっているのだろう。

 いずれにしろ興味深い話がいっぱいあり、ぜひもう一度体系的にゲール語を習ってみたい気もする。そもそもゲール語はどこまで研究が進んでいるのか、インド・ヨーロッパ語族の中にあって、どんなポジションで、どんな言語的特徴があるのか知りたいと思った。

 それには言語学というか、もう少し広い視野に立つ必要があるのかもしれない・・・。

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「酒蔵レストランとセント・パトリックスデー」

 『ウイスキーガロア』第2号の原稿執筆が続いているが、まだ『ウイスキーライフ』のほうも終わったわけではないので、昨日は原稿を書いたあとに4時にウイ文研。一件、面接をしたあと、ライフの校正をして、6時半に有楽町の東京フォーラム内にある「酒蔵レストラン宝」へ。

 ガロアのコラムの取材、撮影のためで、カメラマンのF君、コラムニストの友田さんと落ち合い、さっそく土佐のカツオのたたきと、司牡丹の「船中八策」を合わせる。船中八策はもちろん坂本龍馬が1867年に書いた新政府の政策のことで、のちにこれが明治新政府の施策の中にも採り入れられている。

 そういえば、今年は龍馬が京都で暗殺されて150年という節目の年。江戸幕府が幕をおろした大政奉還からも150年だ。それにしても司牡丹の船中八策のラベルが実にカッコイイ。味も、いかにも龍馬好み(?)の辛口だ。

 この「酒蔵レストラン宝」は全国の9つの酒蔵が共同で出している日本酒レストランで、その9種セットというのも目玉のひとつ。このところ日本酒を呑む機会も増えているが、ここのレストランの料理も実にうまい!

 日本酒だけでなく、ガロアを始めてから、他の酒もいろいろ飲んでいる。17日の金曜日は、セント・パトリックデーということで、表参道に土日の2日間限定でオープンしたジェムソンのパブに行く。ジェムソンと、そのジェムソンの空き樽で熟成させたデビルクラフトのエールビールのコラボで、このビールも実にうまかった。

 ウイスキーの空き樽でビールを熟成させるというのは、アメリカ・ケンタッキーのタウンブランチ蒸留所が始めたものだと思うが(ケンタッキー・バーボンバレル・エール)、いわばそれのジェムソン版か。タウンブランチの場合は、その間にエールのアルコール度数が上がったが、デビルクラフトのビールはどうだったのだろうか。

 それにしてもジェムソンの空き樽をわざわざ日本まで運び、そこにビールを詰めるというのは、なかなか手がかかっている。こんなことはジェムソン、いやペルノリカール社にしかできないだろう。金曜の夜はプレス向けのオープンだったが、興味深いテイスティングになった。

 そんなことを思いながらも、今日は恵比寿の仕事場でガロアの原稿。一段落したところで夕方ウイ文研に行き、ガロアのテイスティング。今回、私の受け持ちは7種だが、そのうちの4種のウイスキー(ジャパニーズ)をやってしまう。

 テイスティングもまた一人で集中してやらないといけないので、どうしても休日の、誰もいないオフィスに行ってやることになる。3連休だというのに、何とも致し方ない…。

 それでもマルスの2種については、なかなかの美味と感じた。1つは本坊社長がこだわった蝶のラベルで、もう1つは信州駒ケ岳の30年物(!)。こちらのラベルも良いが、それ以上に中身が秀逸。思わず唸ってしまった。ということで、明日は久しぶりの釣りである・・・。


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「清里フェスとタスマニアンウイスキー」

 創刊記念パーティーの翌月曜日は休みとし、火曜日から事務所は業務再開。私のほうはすでにガロア第2号の原稿執筆に取りかかっているため、月曜も恵比寿の仕事場で原稿書き。人が休んでいる土・日にしか集中して原稿を書くことができないというのも、なんとも因果な仕事だ。

 火・水と『ウイスキーガロア』、『ウイスキーライフ』の編集作業をし、その合い間に清里フェスのポールラッシュ記念ボトル、フェス恒例のお土産見ミニボトルの製作。ポールラッシュのボトルはもちろんケンタッキーバーボン各種をブレンドしたものだが(200ml)、ミニボトルはスコッチのブレンデッドと、ジャパニーズのブレンデッドの2種。どちらも、かなりユニークで、少量だが古酒も入っている。

 さらに21日に行うプライベートテイスティングの資料準備。4月2日、9日に行われるプロフェッショナル対策講座の資料準備にもおわれている。特に4月2日の大阪セミナーでは私が一人ですべての講義を行わないといけないので、事前の準備もいつも以上に大変だ・・・。

 今日は午前中ガロアの原稿を書き、一度オフィスに寄ってから2時すぎに三田のオーストラリア大使館へ行く。タスマニアンウイスキーのヘリヤーズロード蒸留所の関係者が来日していて、そのプレス懇談会を開きたいということだったので、それに参加するためだ。

 タスマニアンウイスキーに関しては、以前サリバンズコーヴというウイスキーは日本に入っていたが、今はヘリヤーズロードだけだという。蒸留所マネージャーのマーク・リトラーさんから話を聞き、日本マーケットに投入しているオリジナル、10年、そしてピノ・ノワールフィニッシュの3種をテイスティングさせてもらう。

 ヘリヤーズロードはオーストラリアでは最大級の蒸留所で、ポットスチルのサイズは初留で4万リットル、再留で2万リットルだという。創業は1999年とタスマニアンでは3番目に古く、ベタミルクという乳製品業者が親会社というのもユニーク。そのためベタミルクのミルクとヘリヤーズロードのウイスキーを混ぜたウイスキーリキュールも造っていて、非常に人気なのだとか。アイリッシュのベイリーズのようなものだろうか。

 いずれにしろタスマニアンは一大ウイスキー産地。ジンやウオッカの蒸留所も含めれば15~20の蒸留所がタスマニアには存在するという。非常に興味深い話であり、へリヤーズのウイスキーも個性的で美味しかったが、いかんせんタスマニアに行ったことがないので、イマイチ、ピンとこない。できれば早いうちにタスマニアに行きたいと思っているのだが…。

 ということで4時すぎにウイ文研にもどり、清里フェス、大阪フェス、そして東京フェスのミーティング。それが終わってから、今度は『ウイスキーガロア』の広告ミーティングと続く。

 創刊号を出したのはつい先日だと思っていたが、気がつけば3月もはや半分以上が過ぎている。ガロアの第2号の入稿まで、あと1ヶ月もないのだ・・・。


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「藤原新也氏トークショーとガロアの創刊記念パーティー」

 昨日の土曜日はさすがに疲労がピークに達していて、一日中資料整理等で恵比寿の仕事場にこもる。一歩も仕事場を出なかったのは、数ヶ月ぶりだ・・・。

 3月11日は東日本大震災の日。6年前のあの日、西麻布の旧スコ文研オフィスで、その2日後に開かれる「スコ文研10周年パーティー」の準備におわれていた。恵比寿のウエスティンホテルで開催予定で、全国から150名近い人が来る予定になっていた。

 そこへ、あの地震である。その日の夕方にはホテルに連絡し、全キャンセル。それから翌12日の土曜日にかけ、パーティーの中止を参加者全員に連絡した。

 あれから、もう6年である。その後、ホテルで行う立食形式のパーティーは一度もやらずにきた。今回、久しぶりにホテルの宴会場で、立食形式の『ウイスキーガロア創刊記念パーティー』をやることになった。

 そのため10時半すぎの電車で飯田橋のグランドパレスに向かい、準備をして1時から、まず第1部である藤原新也さんのトークショーを行う。ガロアの創刊号で藤原さんのオークニーの写真を掲載することになった経緯や、42年前に遡る藤原さんと私との出会いなど、前半は主に今までの藤原さんと私のヒストリー。

 この日は特別に、ハイランドパークの正規代理店であるレミーコアントロージャパンから、ハイランドパーク25年、オーカディアンヴィンテージ1976の提供があったため、それを飲みながら、後半は昨年12月に藤原さんが上梓した『大鮃』の取材の経緯や、オークニーでの裏話、そして『大鮃』で語られているものについて、藤原さんに話を聞いた。

 2時20分に予定どおりトークショーは終了し、すぐ2階の宴会場に移り、2時50分から2部である、『ウイスキーガロア創刊記念パーティー』。私の挨拶につづいて、サントリーのチーフブレンダー輿水さんと、サインを切り上げ下に降りてきてもらった藤原さんの2名に、来賓の挨拶を頂戴する。さらにその後、ベンチャーの肥土さんには乾杯の挨拶と発声をお願いした。

 フェスとちがってパーティーは2時間という短い時間だったが、その中で藤原さんのオークニーのスライドショーや、創刊特集の日本のクラフト蒸留所のスライドショー、そしてコラムニスト・テイスターの紹介、歌曲の披露、最後はマスター・オブ・ウイスキーの認定盾の授与と盛り沢山(!)の内容だった。気が付けば、あっという間に閉会の5時になっていたという感じだ。

 『ウイスキーガロア』は、まだ1号が出たばかり。輿水さんや肥土さんの言葉にあったように、これから長く続けていかなければならない。そうでなくては、今日来てくれた皆様に申し訳ないという気持ちもある。

 創刊パーティーは祝いの場であったというより、ある意味、そうした皆様の声援に応える決意の場だったというべきなのかもしれない。改めて、そう思った次第だ。


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「生放送の釣り番組に出演!?」
 『ウイスキーガロア』が全国の書店で評判になっている。毎日のように問い合わせの電話がくるし、日本のクラフト蒸留所がすべて載っているということで、各方面からも注目を浴びているようだ。

 全国47都道府県に蒸留所ができる…夢のような話だが、言い続けているうちに、ひょっとすると実現するかもしれない。まあ、それは半分ジョークだが、このところスコットランドでも相次いでクラフト蒸留所のニュースが聞こえてくる。

 4月のツアー後に、それらの蒸留所を取材して回ろうと思っているが、そのスケジュールも何となく決まってきた。それと並行して国内蒸留所ツアーも、今年は2~3回やりたいと思っている。

 そんなこんなで連日のミーティング、『ウイスキーライフ』、『ウイスキーガロア』の編集作業が続いているが、今日は7時に西新宿の「釣りビジョン社」に行き、打ち合わせ、リハーサルの後、9時から『五畳半の狼』という1時間の生番組に出演する。

 毎回ゲストを招いて釣り談義、トークショーという番組で、釣りビジョンの看板番組の1つだが、私も釣りのトークショー、それも生放送に出演するのは初めて。以前NHK・BSの生中継、生放送(『ヨーロッパ冬物語』という2時間半の番組)に出たことはあるが、あれは釣り番組ではない。

 釣り番組は同じくNHKのBSで3回ほど出たことがあるが、釣りのトーク番組というのは初めてだ。もっとも半分くらいは釣りではなく、ウイスキーの話になってしまったが。願わくば実釣番組に出たいと思っているのだが…それも海外の釣りができればサイコーである。

 最後にインドの黄金のコイ、マシアーと言ったのは、まさにそのことで、デカン高原を流れる川でマシアーを釣り、そのついでにアムルット蒸留所を訪れるなんてのはサイコーだと思うのだが・・・。

 ということで10時に放送は終了し、そのまま新宿駅まで歩き、山手線で恵比寿にもどる。12日の創刊記念パーティーが終わったら、久しぶりに釣りにでも行きたいものだ。イラストは視聴者が描いてFAXで送ってくれたものだそうで、ちょっとカワイすぎるが、嬉しいかぎりである。


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